志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

「青年塾」の感動

2000年9月25日 上甲晃 |

 『青年塾』第一期生の石川一機君は、好男子である。
 全身から醸し出す雰囲気は、何とも言えず、やさしい。人に頼まれたとき、いやな顔をしないので、誰からも頼りにされる。また、人がいやがることを、いとわず引き受けることができるので、みんなの信望が厚い。

 その石川君が、箱根で開催した、第四期生・東クラスの研修最終日にひょっこり現われた。私にとって一番うれしいことの一つは、すでに出発式を終えている先輩諸君が、『青年塾』の研修に参加してくれることだ。今回は、石川君の他に、第二期生の竹内君と渡辺さん、そして第三期生の渋谷君、五十嵐君、高津さんが参加してくれた。『青年塾』に魅力がなくなれば、先輩諸氏など顔を見せないはずだと、私はひそかに喜んでいる。

 石川君が、私の傍らに来て、「今日は、20分ほど私に話をさせていただけませんか」と聞いてきた。いつもは下働きに徹している石川君が、みんなの前で話をさせてほしいと申し出ることは、めずらしい。自分の携わっている漬物の話でもするのかと思いつつ、「幹事役の塾生に頼んでみて」と返事をした。

 後輩諸君は、先輩の申し出を快く引き受けた。そして、スケジュール的にはかなり窮屈になっているにもかかわらず、先輩に15分の時間を提供した。石川君の話は、後輩塾生の心を打ったようだ。

 「私は子供の頃から、灰色の暗い日々を送ってきました。特別に何かができるといったこともなく、体力や腕力で人に勝っているわけでもなく、いじめられることばかりでした。私の子供の頃、そして数年前までの青春は、写真で言えば、白黒の世界でした」と石川君は切り出した。"セピア色の世界"という言葉は、よく耳にする。しかし"白黒写真の世界"という表現も、何となくわかる気がする。カラー写真の世界のような華やかさがなく、どことなく、無機質で乾いた感じが伝わってくる。

 「私の人生は、渋々入ったはずの『青年塾』との出会いから変わりました。多くのすばらしい仲間との出会い、前向きにさまざまな生き方をしている人と知り合うことを通じ、"色鮮やかなカラー写真の世界"に転じました」。石川君はそのような思いを伝えるため、わざわざ後輩の前に立ったのである。私は、正直、うれしかった。『青年塾』を高く評価されたためではない、『青年塾』が一人の青年の人生を良くしたことがうれしい。

 その話がきっかけになり、第四期生諸君も、自分にとっての『青年塾』を話し合ったようだ。ある塾生は、「不思議なんだよな。ここに来ると、どういうわけか心が軽くなる」とつぶやいた。それでいいのだ。

全国会議レポート

2000年9月18日 上甲晃 |

 「志ネットワーク全国会議・浪花大会」が終わった。大阪の南港埋立地に完成した国際交流スクエアーを会場に、いかにも大阪らしい趣向にあふれた大会であった。とりわけ、落語、乙女文楽などの大衆芸能を楽しめたり、参加者の希望によりコース別の選択ができたり、障害を持つこどもたちとともにキックベースボールを楽しめたり、実に行き届いた内容の大会になった。みんなに充実した時間を過ごしてほしいとの事務局の人たちの熱烈な願いがみごとに実を結んだ。聞くところによると、それぞれに忙しい仕事の合間、何度も何度も打ち合わせを重ねたとか。それだけの値打ちが十分に現われた大会が開かれた。やはり、「手間を掛けること」は、「心を掛けること」であることを証明してくれた。

 コース別に別れたとき、私たちを案内してくれた中松さんは、バスの停留所まで、かなりのスピードで先頭を歩いた。どうしてそんなに急ぐのだろうか、ふと首を傾げた。その理由は、バスがすぐに姿を見せて、よくわかった。ちゃんと、歩く距離、時間を事前に測定してあって、しかも乗り合いバスの時刻表も掌握されているから、それに合わせて案内しているのだ。中松さんは、独り言のように、「良かった。予定どおりのバスに乗れて」とつぶやいた。リハーサルがちゃんと行なわれていたのである。

 それだけではない。大阪湾内を遊覧する船の中で、昼食に食べるお好み焼きのメニューを一人一人に聞いて回る。そして、それをお好み焼き屋さんに連絡して、店に到着すれば、すぐに食べられる手筈を整えてくれた。要するに、いたれり、つくせりなのである。

 ホテルの部屋には、手作りの折紙とメッセージがある。2日間同じ部屋を使うから、部屋のシーツやタオル類は、取り替えなくてもよいとホテル側に事前に連絡してある。考えられるすべての心遣いを実行に移しているのだ。当然、参加者は、その心遣いをビンビン感じて、すこしでも運営に協力しようと、動きが敏速になる。まさに、「志ネットワーク」伝統の雰囲気が充満した全国会議になったようだ。

 全国会議の開催も会を重ねてきた。各地を持ち回りで開催する会議は、それぞれの地域の特徴を実感できる。楽しい集い。また、事務局の人たちは、ボランティア精神を発揮して、参加者に喜んでもらえることを自らの喜びとして、ボランティア精神を発揮して、参加者に喜んでもらえることを自らの喜びとして、自分たち自身の学びとしている。常に、みんなが「より良くありたい」との心をもって集まる会合は、雰囲気力が良い。雰囲気力が良くなれば、そこに身を置くだけで、人を成長させてくれる。来年は、岐阜が会場である。岐阜には、大阪と同様、会員が多い。今から楽しみだ。

「なにわ大会」間近に迫る

2000年9月11日 上甲晃 |

 志ネットワークの全国会議、「なにわ大会」は、今週末の開催である。今年は、私が志ネットワーク活動を展開して以来、ちょうど10年目に当たる。10月1日に発行する会報(季刊)が、通巻40号である。記念すべき節目の「全国会議」だけに、それにふさわしい充実した内容のものになればと、祈る気持ちである。

 もともと、志ネットワークの「全国会議」は、年二回開催してきた。一回は、私が主催して、2月に開催するもの。そしてもう一回は、会員の人たちが日頃活動している地域に出掛けて行って開催するもの。すでに、徳島県、宮城県、福岡県、新潟県、埼玉県で、その地の会員の人たちが中心になって、思い出に残る会合を開催してきた。

 幸い、今年もまた、実行委員の人たちの事前準備が実に行き届いているようだ。私の知る範囲では、1年以上も前から、準備の組織が結成され、10回をはるかに上回る打ち合わせ、リハーサル、実地体験が行なわれてきた。例えば、宿泊施設には、みんなで泊まり込んで、使い勝手、当日の気配り、段取りなどを確かめあったと聞いて、実行委員の人たちの意気込みに驚くとともに、頭の下がる思いをしたものである。

 お金もかかるし、時間もかかる。実行委員の人たちの負担は、はかり知れないものがある。しかし、そのことに対する不平不満など、少しも聞こえてこない。それどころか、「みなさんに喜んでもらいたい、その一心です」と、本当にうれしい言葉が伝わってきている。

 『手抜きは、心抜き』。これは私の日頃の持論だ。どんなに理屈で正当化してみても、手抜きをしたところから、感動は生まれてこない。手抜きは結局、心を省いたことと同じだ。裏返すならば、人に喜んでもらいたいと思って手間暇をかけることは、「心をかける」ことと同じだ。そして、手間暇をかけた分、心が相手に伝わっていくことは間違いない。「なにわ大会」の実行委員の人たちの、手抜きのない仕事ぶりを知れば知るほど、私は大会の成功を信じて疑わない。

 実行委員会の働きぶりのすばらしさを伝え聞くにつけ、今度は、参加する側の心遣いを思わざるをえない。実行委員会の働きぶりに応える、参加者の「心遣い」とは何か。少なくとも、「迷惑を最小限にする努力」が求められる。事情があって、参加が予定どおりにいかない場合も発生するかもしれない。そのとき、「どうすれば、事務局にかける迷惑を最低限にできるか」を真剣に考えて、即座に行動を起こさなければならない。みんなの心遣いの力で、大会の成功を期したい。

主人公

2000年9月 4日 上甲晃 |

 自分の人生の主人公は、自分自身である。
 自分の人生は、他人の命令が主人公でもなければ、上司が主人公でもなければ、売り上げが主人公でもなければ、金儲けが主人公でもない。

 『青年塾』のサマーセミナーを終えてみて、私の心に深く残ったことは「自らの主体的な意志をもって望む事は、これほどまでに力強く、創造的で、積極的で、人の心を動かすものである」ことだ。自分自身が、「私がやる」と心に決めたときから、不思議な力がわいてくるようだ。まず何よりも、色々なことに気が付く。気が付くだけではない。気が付いたことを積極的に実施に移す意欲がわいてくる。そして、最後の最後まできちっとけじめをつけようとの責任感も人一倍強くなる。まさに、自分の人生の主人公としての自分が躍動するのである。

 丹後のサマーセミナーのすべての日程が終わり、参加者は次々に帰路に着いた。事務局として献身的に働いてきた諸君の顔には、参加者を送った安堵の表情とともに、どっと疲れが出そうな雰囲気であった。しかし、彼らは、最後のけじめを付けることを決して忘れていなかった。

 疲れ果てているはずの事務局の人たちが、三日間使わせていただいた会場を順番に回って、徹底的に後片付けを始めた。忘れ物を確認し、使ったものはすべて雑巾できれいに拭き、さらに戸締まりも完璧に終えた。どこからどう見ても、手抜きのないけじめの付け方。「立つ鳥、跡を濁さず」の諺とおりに、最後をしめくくった。

2000年サマーセミナー 

 人に命じられる仕事は、とにかく疲れる。疲れるだけではなく、意欲がわかない。それは自分が主人公ではなく、他人の命令が主人公になっているからである。命じられたからやるという仕事の仕方は、受け身の弱さがあり、命じられないことはなかなかやれない。

2000年サマーセミナー 志ネットワーク、そして『青年塾』は、伝統的に、一人一人の主体的な意思を尊重することを基本としている。そのために、多少時間もかかるし、目だるい場面もある。しかし、私は、「信じて待つ」のだ。「俺がやる」「私がやる」という意欲がみんなのなかにわいてきて、初めてそこに力強いものが生まれてくる。

 まもなく、志ネットワークの「全国会議」だ。大阪在住の会員諸氏が、今、準備に余念がない。私からは具体的な要望は何もしていない。あれ、これと命じることなど、まったくない。しかし主体的な意志をもって、あらゆる準備を進めている。打ち合わせの会合の回数も数えられない。宿舎には、体験的に泊まったそうだ。これが、志ネットワークの風土である。


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