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総理大臣を国民が選ぶ
2001年3月31日 上甲晃 | 個別ページ
日本では、私たち国民が、国の代表である総理大臣を自らの手によって選ぶことはできない。もし、国民の一人一人が直接に総理大臣を選ぶようにしようとするならば憲法を変えなければならない。
憲法を変えてでも、総理大臣を自分たちの手で選べるようにする運動を始めた人達がいる。政治家ではない、普通の国民の有志である。「首相公選の会」を立ち上げたのは、松下政経塾の卒業生である小田全弘氏と、坂東弘康氏。どちらも、私が松下政経塾の塾頭をつとめていた当時の塾生である。うたい文句は、きわめて明快だ。「私たちの手で総理を選ぶ」、ずはりそのままの運動である。
現在、日本では、国会議員が総理大臣を選出している。それがいかに不明朗で、国民感情とかけ離れているかは、現状を見ればすぐにわかる。不人気の森首相を選んだのは、5人組とも言われる自民党のボスたち。あいつがいい、お前がいい、そのレベルから選ばれた首相である。国民は、納得できない。なんとかしてほしいと思うが、何ともしようがない。挙げ句は不人気の森首相では次の参議院選挙が戦えないからという、きわめて低レベルの発想から、総理大臣の首を据え変える動きが急ピッチなのだ。
アメリカ国民によって選ばれたクリントン・元アメリカ大統領は、8年の任期であった。そのクリントン元大統領の任期中に、日本の総理大臣は7人も変わった。ひとりの大統領が、7人の日本の総理大臣と会ったわけだ。これでは、クリントン元大統領ならずとも、だれがいったい日本の本当の代表なのかわからない。毎年開かれる先進国サミットには、常に、新しい総理大臣が出席している計算になる。最初にして、最後の総理大臣を相手に、はたして交渉ができるのかと首をひねられても致し方ない。
小田君と坂東君は、ボランティアとして、「首相公選の会」を立ち上げた。日本の政治を変えるために、まず、一国の宰相を国民一人一人の手で直接選べるように仕組みを変えようとの挑戦である。国会議員をしてもかなわなかった大改革に、無冠の市民が立ち上がる。その心意気や、おおいによし。私たち夫婦は、激励の意味も込めて、東京新宿の厚生年金会館で開かれた全国大会に馳せ参じた。
2月に立ち上げた会は、今、署名活動を繰り広げている。1年後には、1260万人、すなわち国民の1割の署名を集めるとの目標が、かかげられている。全国大会当日、署名は1万人。参議院選挙では、候補者に、賛成か反対かを明確にしてもらうことを迫る。衆議院小選挙区の全区に、実行委員会を立ち上げる。この日の大会は、熱気にあふれていた。
"逃げ場"ではなく、"足場"に
2001年3月26日 上甲晃 | 個別ページ
昨日は、『青年塾』東クラスの、新入塾生にたいするオリエンテーションであった。ここでも、関西クラスと同様に、先輩塾生が主催者である。先輩が、自分たちの不安であった入塾前の気持ちを思い起し、少しでも不安を和らげて上げたいと思っての開催である。その気持ちがうれしい。
新入塾生が10人近く集まった。一方、先輩塾生は、20人近い。東京渋谷で開かれたオリエンテーションの会合に、静岡や茨城からも駆け付けてくれている。先輩塾生の意欲と明るい雰囲気、そして活発な様子が、新入塾生を圧倒していた。とりわけ、先輩塾生の「青年塾」への思い入れの探さは、私まで、心を熱くした。
「いつのまにか、ここにきてしまう」、「しばらくは行くのをやめようと思っていたが、やっぱり足が向いてしまう」、「人生の宝物だ」などと「青年塾」のことを口々に語ってくれると、「青年塾」を立ち上げて良かったとも思う。「青年塾」との出会いによって、若い人達の人生が良い方向に変わり始めるきっかけになれば、私には、無上の喜びだ。
ただ、「青年塾」を運営していく上で、私自身が心しておかなければならないこともあることに気が付いた。たしかに、「青年塾」に集うことは理屈抜きに楽しいであろうと思う。しかし、楽しいだけにとどまっていてはいけないのである。気のおけない仲間が集まるから楽しいという程度では、「青年塾」は不十分なのである。第一段階はそれでいいとしても、いつまでもそれだけにとどまっていたのではいけない。
「楽しい場」は、気をつけないと、「苦しい現実からの"逃げ場"」にもなりかねない。「青年塾」の楽しさが、現実の仕事が苦しいことの裏返し現象であったり、職場の閉塞感の憂さ晴らしや欲求不満のはけ口になってしまったのではいけない。
「青年塾」は、日々の生活を充実させ、職場を良くし、人生を豊かで、幸せなものにしていく"足場"でなければならない。「青年塾」で学んだことが、血となり肉となり、それが日々の生活に脈々と生きる、私の思いはそこにある。すなわち、「青年塾」では、「学びを日々に生かす」、あるいは「学びを現実に生かす」ことが、最重要の課題でもある。
その意味からも、普段の生活における平凡な実践を徹底して行なえるようにしていきたい。普段の生活において、常に他人を思いやるような実践が自然のうちにできるようになることこそ、「青年塾」ではもっとも大切なのである。実践を通じて体にしみついた習慣は、普段の生活を変えていくことであろう。普段の生活が変われば、人生まで変わる。
強い人間
2001年3月19日 上甲晃 | 個別ページ
「青年塾」第4期生出発式における私のスピーチ。時代は大きく変わっていく。高度経済成長をめざしてひた向きに努力してきた「昇り調子の時代」から、さまざまな意味における「厳しさに耐える時代」へと転換していくように思われる。過去の時代のつけ残しを清算しながら、新しい時代に備える「厳しさ」が身にしみるような時代が待ち受けているような気がしてならない。
「厳しさの時代」に求められるものは、一人一人の人間的な強さ、すなわち"強い人間"である。もとより、"強い人間"とは、体力や腕力の強さではない。精神的な強さ、心の強さ、それが"強い人間"の意味するところである。日本人は、いつのまにか、ずいぶん甘い生活に慣れてしまい"弱い人間"になったような気がしてならない。この弱さを克服して、精神的に強くなる、私たちの大きな課題である。
"強い人間"、すなわち、"強い心を持った人間"になるためには、まず、何よりも自立することである。自分のことは自分でする、その当たり前のことができる人である。人に頼るのではない、自分の生活は自分でなんとかする、自分の老後は自分でなんとかする、自分の会社は自分でなんとかする、自分の町は自分たちでなんとかする、すべて、自分の足で立つ。
それが、"強い人間"の第一の条件である。
次に、"強い心をもった人間"になるためには、人間の目を基準として判断するようではだめである。「人が見ているからやらない」、「人が見ていないからやる」といった判断基準では、いかにも弱々しい。大事なことは、「天が見ているから」という判断基準である。「人はだれも見ていないが、天が見ているからやらない」といった厳しい基準がもてるかどうかである。また、「人にはなかなか認められない」ことであっても、「天が見てくれている」といった大きな安心感をもてるかどうか、だ。
絶海の孤島に、仮にたったひとりでいても、「天が見ているから」、やるべきことはやり、やってはならないことはやらない、その心の強さだ。それ位の大きな判断基準がなければ、"強い心を持った人間"にはなれるものではない。人が見ていないからやるといった姑息な態度、人に認められないからと自暴自棄になる態度、いずれも弱々しい。
そして最後の条件は、やさしさである。本当に強い人は、本当にやさしい。強い心をもてば、自然のうちに、他人にやさしくなる。やさしさは、愛の心でもある。その意味では、やさしさは、強い心を持った人の心のなかに結果として芽生えるものであるのかもしれない。
