志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

改革者の条件

2002年1月26日 上甲晃 |

 「私たちの進めてきたことを、できればほかの人たちにも広げたい。行政も巻き込みたい。そして、地域全体の取り組みとしていきたいのですが、大変難しい。多く人たちやグループの反対にあって、正直、落ち込んでいます」と、話を切り出したのは、山梨県富士吉田市で農業を営んでいる武藤さん。私が塾長を委嘱されている『夢甲斐塾』の塾生である。昨晩開催された『夢甲斐塾』は、塾生の悩みや不安、心配事について、みんなで解決策を考えあう時間を設けていた。武藤さんは、最初に手をあげて、自分の悩みを赤裸々に打ち明けた。

 武藤さんは、土を豊かにする有機農法を取り入れるとともに、高冷地に適したミルキーウェイと呼ばれるお米を生産している。作ったお米は、過去二年、日本で一番おいしいお米に選ばれた。おかげて、武藤さんと仲間たちは、地元の新聞はもとより、業界の雑誌などにも、取り上げられ、ちょっとした有名人になっている。おいしいお米の生産だけでなく、最近、お米の地ビールやワインをはじめ、次々に魅力的な産品も世に送り出している。

 武藤さんは、地域全体にもこの運動を広げようと、勢い込んだ。しかし、反対、拒否が待ち受けていた。武藤さんは、面食らっているのだ。「山梨県人は、出る杭を打つ傾向がある。そのために、なかなか地域に人が育たない。『夢甲斐塾』はその風土を打破したい」と、私は何度も県の幹部から聞かされていた。武藤さんの話を聞きながら、なるほど、こういうことを、゛出る杭を打つ゛というのだなと私は納得した。

そこで、ここは一番、『夢甲斐塾』の塾長として、はっきりとした考え方を伝えなければならないと、私は立ち上がった。「武藤さん、まず地域全体に広げようとしている考え方を止めた方が良い。地域全体に広げるために、みんなの希望や要望を取り入れ、足並みをそろえ始めたら、あなたが進められている運動はどんどん妥協の産物となってしまいます。要するに、出る杭が、足を引っ張られて引っ込んでしまうのです。あなたは改革者です。改革者は、いかなる強い抵抗に会おうとも、自らの信じる道で、まず圧倒的な成果を上げることです。その間、たった一人になるかもしれない。その孤独に耐える。改革者は、孤独を恐れてはいけない。あなたが、押しも押されもしない成果を上げたら、必ず人々は追随します。まず、人がどんなに足を引っ張ろうと思っても、手が届かないほど出すぎた杭になってください」と激励した。運動は、広げるものではなく、広がるものなのである。

吉田松陰

2002年1月21日 上甲晃 |

 私が生まれた当時の、私自身の幼い姿を写した写真を、なぜか今も鮮明に覚えている。生後数ヶ月、あるいはそれにも満たない乳児の頃のことだ。私の枕もとに、大きな屏風があった。写真には、私よりも、屏風がはっきりと、大きく写っていたことを今もはっきりと覚えている。

 私は、風除けに、母親がどこかから屏風を見つけてきて、私の枕もとに置いたのだとずっと思っていた。あるとき、その写真を見ていた母親が、つぶやいた。「私は吉田松陰のことが好きで、この子も吉田松影のような人になって欲しいと思って、この屏風を枕もとに置いた」と言うのだ。私は、その一言に、正直、奮い立った。吉田松陰のような人になって欲しい、そんな母親の願いを受けてこの世に生を受けたのであると思うと、不思議に血が騒いだのである。

 『青年塾』の萩・下関講座で、松田輝夫先生の話を聞くうちに、私の内なる「吉田松陰」が騒ぎ始めた。齢60歳を越えて、血が騒ぐのである。そもそも、吉田松陰は、29歳でこの世を去っている。それに比べると、私は、既に3倍生きている。吉田松陰をはるかに凌駕する思想や知識を備えていなければならないはずである。しかし、とても吉田松陰に及ばない。決然として、吉田松陰に勝るとも劣らない志に生きなければならない、つくづくと教えられ、学ばされたひと時であった。

 例えば吉田松陰は、「学は、人たるゆえんを学ぶなり」と言う。私は、その一言にも鳥肌が立つのだ。「一生懸命勉強して、いい会社に入るのよ」というのでは、学ぶ本当の意味はないのである。「人間として、いかに生きるべきか、いかにあるべきか、何が大切か」を学ぶのが、本当の勉強であるというのである。人間が生きる意味を、あるいは自分が生きる意味を探求するのが、本当の学びというわけである。私は、『青年塾』に託する私の思いと、吉田松陰の思いが余りにも共通するのに、身の打ち震う思いがするのである。

 吉田松陰は、「志を立て、以って万事の源となす」と教える。私は、ここでも身が震えるのだ。「志こそ、生きるエネルギー源である」と言い続けてきた自分と、吉田松陰をいつの間にか重ね合わせてしまっている。心熱くなる学びが、うれしい。

『青年塾』塾生諸君への手紙

2002年1月20日 上甲晃 |

 経済の低迷が、ずいぶん長い間続いている。バブルがはじけてからでも、かれこれ10年が経過する。その10年を指して、゛失われた10年゛といった表現がしばしば使われる。そして、今歩んでいるその次の10年が、過ぎ去った゛失われた10年゛ときっぱりと隔絶したわけではなく、むしろ、゛失われた次の10年゛になってしまう危険性を大いに秘めている。やがて20年後、゛失われた20年゛という表現が聞こえてくる危険性もかなりある。それほど、事態は深刻であり、原因は根の深いものである。

 最近、書店に足を向けても、先行きの不安感をあおるタイトルの本が氾濫している。日本の将来を危ぶみ、悲観する論調が支配的である。いわく、「日本が沈没する日」、「日本が倒れる」、「日本がつぶれる時」。そんな類の本が、日本の将来に漂う暗雲を、いっそう暗いものにしているようだ。

 私は、昨日のテレビニュースを見ていて、日本の国は、「つぶれるかもしれない」というよりは、「既につぶれてしまっているのではないか」と、暗澹たる気持ちになった。それは、成人式の行事を報じたものであった。もちろん、日本中には、まじめに、そして真剣に成人を迎えた人たちも少なくないと信じてはいる。しかし、テレビのニュースで見ている限りは、既に日本は精神において、崩れ去ってしまっているとしか言いようのない光景が、全国の至る所で繰り広げられていた。正直、その様子を見ながら、涙の流れるような、悲しくて、やりきれない気持ちが襲ってきた。

 過去のどの時代に比べても、新成人たちの出で立ちは、華やかである。しかし、彼らの目には、未来への希望に満ちた輝きなどまったくない。もちろん、その立居振舞において、惚れ惚れとするようなりりしさなど、かけらもない。髪の毛をとりどりに染め上げ、式場の前で酒をラッパ飲みしたり、回し飲みしている姿には、日本人としての誇りなどというものは無縁だ。

 「日本は滅びてしまったな」。今日の日本は、経済的には、過去の遺産があるために、決定的な破綻には至っていない。すなわち、経済的には、日本はまだ滅びてはいないのである。しかし、精神において、既に日本はどうしようもないほど惨憺たる状態に陥り、ほとんど崩壊してしまっていると言っても過言ではない。そして、国家において、精神が滅びることは、致命的に危険なことであることを、私は愁(うれ)いているのである。

 私自身、「グローバル時代に生き残るためには、ローカル的なものにこだわることが必要である」との信念を持っている。とりわけ、精神において、国家の枠組みを超えることはなかなか容易ではない。それどころか、『日本人としての誇り、尊厳、自信』をしっかりと心の中にもつことが、グローバル化していく時代にあっては、むしろもっとも必要なことであるとの信念をもっている。グローバル化は、「世界中が仲良く手をつなぐ時代の到来」を意味するのではない。むしろ現実は逆であろう。あらゆる紛争・争いが、常に世界的規模で頻発するのが、グローバル化時代の現実である。とすれば、そこで生き残るためにもっとも必要なことは、「日本人は、日本人らしく生きる」以外にない。世界中が、国益丸出しでぶつかり合う世紀、それがこれからの21世紀だ。その厳しい時代に立ち向かうにしては、日本人は、余りにもだらしなくなってしまった。

 新成人は、現代の日本の精神状況を端的に現わしているだけだ。彼らが悪いのではない。彼らが生まれ出るような日本を、みんなして作りあげてきた、全体責任である。とりわけ、私も含めた大人の世代のだらしなさ、みっともなさ、骨抜き、腰抜けがひどいように思われてならない。

 中国古典『中庸』に、「国まさに興らんとするとき、必ず禎祥(ていしょう)あり」とある。京都大学の教授である中西輝政氏の最近の著書である『日本の敵』という本のなかで知った言葉である。その意味するところは、「国の先行きの良いしるしとして、若者が生き生きとして社会に生気がみなぎること」であると解説されていた。逆に、国が滅びる時には、「青年の活気と道徳の目立った荒廃がある」とされている。それを、禎祥に対して、妖げつ(とてもパソコンにはない難しい漢字)という。日本の成人式を見ていて、私は、妖げつを感じたわけなのだろう。
 『青年塾』の塾生諸君は、たとえ少数派であっても、禎祥(ていしょう)たるを目指そうではないか。『青年塾』に集う若者たちは、「生き生きとして、生気に満ち満ちている」ようでありたい。それは、ひとり『青年塾』のためではない。日本の救いとなるためにも、禎祥(ていしょう)をめざそうではないか。

 給料のためだけにがんばるのではない。生活のためだけにがんばるのではない。自分の立身出世のためにだけがんばるのではない。車を買うためにだけがんばるのではない。海外旅行に出かけるためにだけがんばるのではない。精神を高らかに掲げて、日本人としての誇りに満ちた、りりしい生き様、背骨のしっかりと通った生き方、腹のドンと据わった生き方を、ともに求め合うためにこの『青年塾』に集ったことを改めて、確認しあいたい。

 出発式が近い。何気なく一年間の時間が過ぎて、すべてが儀式的に進められるのであってはいけない。そんな悠長なことにうつつを抜かしている暇はない。激しく燃えて、厳しく挑む。手抜きはしない。全身全霊を打ち込み、『青年塾』の一年間におざなりな幕を引くのではなく、人生の出発点としてきっぱりと何かを打ち立てていただきたい。大いに、期待している。
            『青年塾』代表 上甲 晃

★ お知らせ★

① 出発式参加の準備を進めてください。
    既に何度もお願いしているように、「修了発表会」、「日本どうする大討論会」、「出発式」は、三日間にわたる長丁場。そのうえ、「自分のことは自分でする」との基本方針に従い、準備のために、もう一日前から箱根に集合していただかなければなりません。今から、仕事の段取り、周囲の理解を得る努力を十分にしておいてください。
     集合日は、3月7日(木)です。修了発表会は、8日(金)。
     大討論会は、9日。出発式は、10日です。

② 本年度の特別講座をご案内します。
    『青年塾』の特別講座は、何年も掛けて参加していただくようになっています。今年の特別講座を、同封のデイリーメッセージの巻末にすべて紹介しています。また、ホームページでも、紹介しています。ディズニーランド講座やバングラデシュプロジェクトをはじめとして、5期生の研修期間中になかった講座にも、積極的にご参加ください。

③ 東クラスを応援しよう。
     出発式は、東クラスの働きに負うところが大きいのです。現在、上田寛君を実行委員長にして、ほかの人たちもすべて役割を負ってくれています。ほかのクラスの人たちも、どうぞ、しっかりと応援してあげてください。「他人事」ではなく、「自分事」として。

感謝の思い

2002年1月 7日 上甲晃 |

 このデイリーメッセージを作成し始めてから、既に10年以上の時間が経った。その間、幸いにも、一日として休むことなく、デイリーメッセージの作成を継続できたことは、私の人生において、一つの大きな財産作りになった。「あなたの人生において、最大の誇りは何ですか」と聞かれたとしたとき、「10年間、一日も欠かすことなく、1千文字強の文章を書き続けることができたことです」と言えることは、松下政経塾の塾頭を務めたとか、松下電器の副理事であったとかという、俗的役職など比較にならないほど、私には大変に価値のあることである。

 なぜ継続できたか、要因はいろいろある。その中で、最大の理由はきわめて明確である。このデイリーメッセージを継続して読んでいただく人たちがいたから。それ以外の理由はない。一般的に、なぜ日記が長く続かないか。人に読んでもらうことを前提にしていないからだ。今、7百人以上の人たちが、このデイリーメッセージを購読していただいている。私は、7百人に対する責任を負いながら、このデイリーメッセージを作成しているのだ。簡単に休むことも、手抜きすることも、できるはずがない。病気になることさえ、7百人に対する責任問題である。

 そのように考えると、10年継続できたことに対して、感謝の思いを何とかして表したいと考えたのは当然のことである。「読んでいただいてありがとう」、そんな私の思いに即した講演会を開いて欲しいとの呼びかけに、全国で7人の人たちが応えてくれた。第一回目は一昨日、山形市で「感謝の講演会」を開いていただいた。およそ、2百人近い人たちにお集まりいただくように準備していただいた黒沼 憲、範子夫妻の好意が身にしみる。

 私ががんばったから継続できたのではない。多くの人たちが読んでいただいたからこそ、継続する勇気を与えられたのである。全国7箇所で、同様の講演会を計画していただいている。交通費、講演料自弁、せめてもの感謝の思いの表れだ。人は、誰かに受け止められると思うからこそ、「がんばろう」との勇気をもてると改めて学ばせていただいた講演会であった。


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