志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

日本の進路を読み取る会゛を旗揚げ

2002年11月20日 上甲晃 |

まことに厳しい時代が到来した。
過去の十年を称して、゛失われた十年゛としばしば言われる。失われた年月は、今さら取り戻すことはできない。それならば、これからの十年は,いったいどうなっていくのか、また、どのようにしたらよいのか。
私は、これからの十年は、新しい出発への゛覚悟の十年゛になると腹をくくっている。いつかそのうち何とかなるだろうといった楽観論には、まったく根拠がない。むしろ、そのうち何とかなるのではないかといった楽観が、ますます事態を悪くしていくような気がしてならない。あらゆる困難や痛みを覚悟して、厳しい生き方をする覚悟を固める、そんな゛覚悟の十年゛なのだ。そして、その覚悟の決め方こそが、次の新たなる飛躍につながると確信している。
正しい危機感のないことが、最高の危機なのである。
私は、最近、口癖のように言う。「備えろ」と。何に備えるのか、答えはきわめてはっきりしている。これから襲ってくる厳しい状況、困難、危機に備えるのだ。危機に備えて、緊張感を持つだけではない。危機の状況をしっかりと正しく見極めることだ。何が起きるのか、何が起きているのか、これからどうなるのか、目をらんらんと光らせ、全身をアンテナにして、懸命に読み取るのである。私たちが乗り込んでいる日本丸は、どんな状況にあるのか。安心して自分の持ち場に打ち込んでいるだけで済む時代なのか。日本丸が沈没の危機にあるとすれば、手を打たなければならない。すべては、事態を正しく、しっかりと認識するところから始まる。
私は、来年から、『日本の進路研究会』を計画している。日本の国を舵取りする立場にある人たちを講師として招き、「どのような思いで、どのような方向に、どのような手を打ちつつあるのか」、「この国の何が問題で、何が未来の方向なのか」を探求する研究会である。
講師陣には、松下政経塾卒業の政治家諸氏はもとより、政治以外の分野で活躍している諸君にも、積極的に協力を要請していく予定にしている。また、私が今まで培ってきた人脈を総動員することも考えている。要するに、総力を結集して、時代を読み取り、「備える」のだ。
もはや、受身で教えてもらうのを待つ時代ではない。自ら、「学び取る」姿勢が求められる時代である。厳しい時代にふさわしい厳しい姿勢で、懸命に時代を読み、未来の展望を開く趣旨に共鳴される同志の参加を募る。日本丸は、本当は、沈没の危機にあるのだから。
詳細は、近々に案内を予定している。第一回研究会は、二月六日。

恥ずかしいこと

2002年11月 7日 上甲晃 |

 明日の美容界を担って立つリーダーを育てることを目的として設立された『若竹塾』の第二期生・最終講座が三重県伊勢で開催された。ほぼ二年間、この二期生諸君とお付き合いさせていただいた。最初のころの幼さが消えて、随分たくましくなったことがうれしい。私が育てたのではない。「自らが育つ力に火がついた」のである。人は、自らの内なる自己成長力に火がつくと、みるみる成長するものである。人から言われたからやるといった程度の成長力ではたかが知れている。私の教育方針は、「私が手取り足取りして育てる」のではない、「自らが成長する力に火をつけること」である。

 ある塾生が、神道についての発表の中で、「私は何も知りませんでした。本当に恥ずかしいことです」と正直な気持ちを吐露した。しかし、私は、「それは決して恥ずかしいことではない」と断定した。「知らないことは何も恥ずかしいことではない。第一、人間が知っていることなど、本当に限られている。知らないのが普通であり、当たり前である。恥ずかしいのは、知らないことを知りたいと思わないこと、知らないことを知ろうとしないことですよ」、そんな風に指導した。繰り返したい。「知らないことは少しも恥ずかしくない。知らないことを知ろうとしないことが恥ずかしい」のである。

 そしてもう一つ付け加えた。「皆さんは今回の研修で、神道について学びました。色々勉強になったことでしょう。問題はここから先です。人はどういうところで差がつくか。今回の学びをきっかけとして、新しい学びを始められる人と、今回の学びでそのまま終わってしまう人、それが差になって現れるのです」。たいていの人は、「色々勉強になりました」で終わってしまう。ところが成長する人は、それをきっかけとして、新しい学びを始めることができるのだ。「あの時がきっかけとなり、それから随分神道について学ぶことができました」と言えるような学びができる人は、成長する。繰り返したい。「そこで終わってしまう人と、そこから始められる人。同じことを勉強しても、差は大きい。そこから始められる人になって欲しい」。

 『若竹塾』の二年間の講座は終わった。ほとんどの人たちは、元の現実に戻り、それとともに再び、やがて現実に深く埋没していくだろう。「終わった」人たちだ。しかし何人かは、講座が終わったあとから成長路線に入ることであろう。最終講座で、「終わった人」と、最終講座から「始められた人」の差である。


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