志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

立志

2003年1月27日 上甲晃 |

 岡崎市立矢作中学校の正門を入ると、中庭がある。そこに、紅白の紐を結わえた白い布に覆われた真新しいモニュメントがあった。あいにくの雨から白い布を守るために、ビニールがかぶせてある。モニュメントの台座には、「立志」の二文字が、真っ白に刻まれている。同窓会が中心になって、創立百十周年記念事業として進められてきた「立志の塔」の除幕式は、準備万端調えられ、後は本番を待つだけのようだ。

 私は、同行してくれた『青年塾』東海クラス・第六期生の辻本さんと犬飼君と別れて、校長室に案内された。校長室には、同窓会の幹部やPTAの幹部が既に勢ぞろいしている。ひとしきり挨拶して、間もなく始まる記念講演会の内容に頭をめぐらせた。校長室には、沈黙の時間が流れる。その沈黙に耐えかねたように、私の隣に座っていた同窓会長が遠慮がちに、「この中学校の創設当時は、公立学校ではありませんでした。地域の人たちが共同で組合を作り、設立したのです。だから、開校当初は、組合立の高等小学校でした」と話を切り出した。

 私はその一言に、はっとした。デイリーメッセージを十年以上継続していると、「何気ない一言に、゛はっとする力゛」が身につくようだ。同窓会長の言葉を受けて、校長先生が、今から十年前に編纂された百年史を私の前に差し出された。開校当時の様子が紹介されている。私はすぐに書き写した。貧しいけれども向学心旺盛な子供たちがこの地域に多いこと、能力がありながら学ぶ機会のない子供たちのために学校を作ろうと立ち上がった当時の村人たちの姿が、綴られている。「風雨の中も、東西に奔走され、その間、幾多の障害があるのもよく励まされ、遂に」と、学校を自分たちの手で作り上げた経過が感動的に記されていた。

 行政への依存心を棄て、必要であれば自分たちで作るという心意気に私は感服した。そして時代が下り百十年後、今度は、同窓会の人たちがお金を出し合って、「立志」のモニュメントを後輩にプレゼントする。「しっかりと志を立てよ」と励ます先輩の心が、伺える。そしてこの地にはぐくまれてきた゛高尚な気性゛に、私は、目に見えない偉大なる教育力を感じ取った気がした。こういうのを、精神風土と呼ぶのだろうか。

 その精神風土は、現役の生徒たちをしっかり包み込んでいた。私が壇上に立った時、九百人近い生徒は、まっすぐ立ち上がり、「よろしくお願いします」と挨拶ができたし、講演中の私語は一切なし。居眠りする生徒も少なく、メモを走らせる生徒がほとんど。姿勢も凛々しい。「日本にも背骨がしっかりしている中学校がまだあること」を知り、うれしくなった。

寒波

2003年1月11日 上甲晃 |

 一月十日付けのバングラデシュの朝刊は、「寒波と寒さに関係する病気のために、昨日、七十三人以上の人たちが亡くなった」と伝えていた。暑いと覚悟してきたバングラデシュが、今年は、とにかく寒かった。私は、日本を出るときに、セーターなど必要ないから持って行かずにおこうと思った。ただ、帰国した時の寒さを考えれば一枚ぐらいはカバンに入れておいたほうが良いだろうと判断した。その一枚のセーターが、バングラデシュに滞在中離せなかった。それどころか、一枚のセーターではとても耐えられないほどの寒さだった。

 異常気象である。一月は、いつも快適でさわやかな冬のシーズンである。七年間、冬の季節に四度訪問している。五月に訪問した時の暑さが印象的だけに、一月の快適な気候はありがたかった。しかし、今年は別だ。寒さに震え上がる。厳寒の寒さの日本から来た私たちでも寒さに震えるほどだから、いつも暑さの中で暮らす現地の人たちにはひときわ寒さがこたえるようである。あまり冬装束を持ち合わせていない現地の人たちは、セーターを着込み、マフラーを頭からぐるぐる巻きにしている。女性はスカーフで頭からすっぽりと身を包んでいる。

 見るからに寒そうなのは、下半身だ。サロワカメジ、ロンギーなどの民族衣装は、暑さに対処した服装である。だから、寒波にはきわめて弱い。みんな、とりわけ足元がいかにも寒そうだ。街中で、焚き火をしている人の塊を見受ける。何人かが集まって、火を燃やし、暖を取っている。燃やしているのは、街に散乱しているゴミだ。周りのゴミを集めてきては、火をつけている。街のいたるところに、小さな焚き火の跡が一杯ある。

 バングラデシュの人たちは、一部のお金持ちを除けば、暖かい風呂に入ったり、温水でシャワーを浴びることがない。井戸から水を汲んできて頭の上からざっとかける。人々は、日中の少しでも気温の高いときに水浴びしている。水上を船で遊覧した時、裸になって頭の上から水をかけている人たちを見て、私たちのほうが震え上がった。私たちが身を縮めているのを見て、船の上の男は誇らしそうに上半身裸の体で私たちに胸を張って見せた。

 新聞の記事によると、寒波の影響は北部において深刻のようである。気温は、六度前後。場所によっては、零度に近いところもある。年間、ほとんどの季節は、灼熱の暑さの中にある人たちに、寒さはこたえることだろう。私達は、おかげで、日本に帰ってきても、彼我の温度差に悩まされなくてすむ。日本に帰り着いても、今年は、寒さに震えなかった。

青年の目つき

2003年1月10日 上甲晃 |

 「最初は本当に緊張していました。おそるおそる、こわごわ。すべてが不安でした。カバンの中の半分ぐらいには食糧を入れてきたほどです。しかし、こうして旅が終わってみると、本当に印象的で、感動的でした。私自身の中で、何かが変化していきそうな気がします」。バングラデシュを飛び立ち、バンコクで六時間近い待ち時間を過ごすうちに、参加した人たちは、誰言うともなく、口々に感想をもらした。そしてその感想が、お互いの気持ちを確認し合い、いっそう旅の満足感を高めた。

 「これから『青年塾』では、バングラデシュスタディーツアーを必須にできませんかね。不便・不自由・不親切をモットーにしている『青年塾』の極致の研修です。もっともっと多くの人たちに参加して欲しいと思います」と、『青年塾』から参加した人たちは何度も繰り返し、口にした。

 バングラデシュの旅は、不便で不自由な暮らしである。特に最後に泊まるダッカのホテルを除けば、旅先の暮らしは、日本ではとても考えられない生活である。「電気とガスと水道がない暮らしなど、耐えられないと思っていました」と正直な感想を述べた人がいたが、「実際に入り込んでみると、自分の生活力の弱さを感じて、恥ずかしくなりました」と、自らの中の変化を確認するようになった。

 私たち日本人が、当たり前と思っている生活が、実はまことに贅沢なものであることに気がつくことは、まず大きな変化の第一歩である。至れり尽せり、欲望がすべて充足できるようにつくられている私たちの普段の暮らしは、ありがたいけれども、私たちの生きる力、生活する力を随分そいでいるのだ。便利な生活に慣れれば慣れるほど、生活力は弱まる。ひ弱な日本人は、物質的豊かさの裏返しだ。バングラデシュには、まだまだ物がない。すべて自分たちで工夫し、知恵を働かせ、額に汗をして体を動かさざるを得ない。その姿が、ひ弱になった日本人の目には、実にたくましく見えるのだ。筋骨隆々の男が、一仕事を終えて、水浴びしている姿さえ、まぶしいほどたくましい。

 それにしても一番驚いたのは、ダッカ大学の学生たちの真剣な姿勢。たまたま授業中の教室に入った。全員、即座に立ち上がり、私を出迎えてくれた。私が、「どうぞ座ってください」と声をかけ、授業は再開された。先生が黒板に文字を書き始めると、生徒たちはきちんとした姿勢で食い入るように黒板を見て、ノートに書き写す。迫力さえ感じられる真剣さだ。青年の目つきは、その国の将来を象徴している。バングラデシュはこれから良くなる。それに比べて、日本の大学生たちはどうか。

天下の大道を歩きたい

2003年1月 1日 上甲晃 |

 五十年に一回めぐってくる大転換期。私は、今と言う時代を勝手にそのように思い込んでいる。それが正しいか、正しくないかは、誰も確かめようがない。第一、そんなことは確かめる必要がない。きわめて主観的な問題であるし、それが証明されるのは、これから百年も後のことだ。

 今の日本を見ていても、あるいは世界を見回してみても、物質的欲望を求めて、金銭的な価値観ばかりがのさばっているではないか。私は、この状況を資本主義とも呼ばない。資本主義には、もう少しましな倫理観と哲学があった。現在は、共産主義も行き詰まり、資本主義も行き詰まり、物欲主義が地球的な規模で徘徊している時代であると理解している。今は、世界的な規模で、物質的贅沢を得るために、なりふり構わずに金銭を求める時代なのである。しかも、金が金を生む異常さが、年を追うごとに顕著になりつつある。「額に汗を流しながら、こつこつとお金を稼ぐ」ような時代ではなくなりつつあるのだ。

 アメリカに高邁なる哲学はあるのか。中国に高邁なる哲学はあるのか。ヨーロッパの各国はどうか。どの国も、口ではもっともらしい大義を唱えているが、金のためには、戦争も辞さない姿勢である。日本も例外ではない。「武士は食わねど、高楊枝」などといった美学は、今や、世界の物笑いのタネ。それにしても、世界的規模で、さもしく、卑しい時代になったものだ。グローバル化などというと、いかにも聞こえが良いが、「世界的規模でのマネー戦争、マネーゲームの時代」の裏返しではないか。

 「人は、パンのみにて生きるにあらず」。お金は大切で必要ではあるが、本来、人間が幸せに暮らすための手段であったはずだ。それがいつの間にか、目的となってしまった。金を稼ぐ力をもつ者が、まるで人間としての力をもつ者を意味するようになってしまった。古来、戦争などというものは、どんなに大義を掲げてみても、経済的利益を求めるもの以外の何ものでもない。アメリカだって、イランと戦争をしたくてしたくてたまらないのだ。ただ、本音丸出しに戦争をするわけにはいかないので、大義を求めて、いろいろと難癖をつけ、理屈を捏ね回しているのだ。

 世界が挙げて、物欲主義に目の色を変える二十一世紀、せめて、天下の大道を、大手を振って歩くような生き方をしたいものである。人から見られて恥ずかしくない生き方などではない。天から見て恥ずかしくない生き方を貫き通したいものである。物欲主義がのさばる世界において、物欲に超然とした生き方を貫きたいものだ。「奇麗事を奇麗事に終わらせるのではなく、現実化できる人」になりたいものである。


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