志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

凡人の偉大さ

2003年3月 8日 上甲晃

 『青年塾』の塾生が、「志の人」と題するテーマの発表をするのを聞いた。そして、私は、改めて゛凡人の志゛に感心した。そして私なりに、何か共通性がないかを探した。

 大雑把に分析してみると、三つの共通性があることに気がついた。すなわち、「平凡を励む」、「今を励む」、「人のために励む」である。その一つ一つを少し詳しく説明してみよう。

 まず、「平凡を励む」。今回、塾生諸君が発表した中で一番頻繁に出てきた言葉の一つは、「当たり前」。「当たり前のことを当たり前に努力する」、「当たり前のことがしっかりとできる」、「当たり前のことを当たり前に実行する」といった表現の違いはあるものの、いずれも「当たり前」という言葉がつく。凡人の偉大さのポイントは、「平凡を励み、誰でもが知っている当たり前のことができる」ことにあるようだ。

 人に会えば、挨拶する。人の前を通る時には、「失礼」と会釈する。世話になれば礼状を書く。人の話を聞く時には、相手の目を見る。時間は守る。あげ始めたら、書ききれないほどに当たり前のことはある。その当たり前を徹底して実行することが、『志』を実現していく一番の基本なのだ。「当たり前のことを当たり前に実行することが一番難しい」と言う人がいる。まったくその通りである。しかし、「一番難しいこと」に挑戦しなければ、志の道など開けるはずがない。

 次に、「今を励む」。千里の道も一歩から。足元をおろそかにする心は、志から遠ざかることにつながる。そして、「今、此処」が、実は一番厳しいのである。なぜならば、「今、此処」は、言葉を変えれば、『現実』である。だから、「今を励む」とは、現実に足を着けて努力することでもあるのだ。現実から逃避して、明日に思いを馳せても、志は遂げられない。

 そして最後に、「人のために励む」。これこそ、志の最大の要件である。「自分のために」、「当たり前を励むこと」や「今を励むこと」はできる。しかし、それだけでは、『志』の実現につながらない。動機において、「人のため」というものがなければ、志とは言えないのだ。

 私は、塾生諸君の発表を通じて、この三条件をつかんだだけでも、うれしかった。今回、塾生諸君が「志の人」として取り上げたほとんどは、ごくごく普通の人たちである。しかしながら、゛光り輝く゛普通の人たちである。゛一隅を照らす凡人゛である。私達は、゛光り輝く凡人゛として生きたいものである。内村鑑三氏が、「後世への最大遺物」のなかで教えた、「勇ましくて高尚な生き方」とは、そんなことを指しているのだろうか。


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