- ホーム
- 2003年7月
納豆
2003年7月19日 上甲晃 | 個別ページ
「この三十年間で、消費量は八倍になりました。納豆の消費量はずっと増え続けています。ちなみに、同じ大豆製品である豆腐や油揚げは二倍ほどの伸びですから、納豆の成長ぶりがわかります。とりわけ、最近は関西地区での伸びが著しい。私どもでは、岡山に工場をつくるなど、関西での販売に力を入れています」と話してくれたのは、株式会社タカノフーズの社長である高野英一さん。このところ不景気知らずの伸びを続けている納豆は、日本人の食卓に、今や欠かすことのできない大切な食品になりつつあるようだ。
昨日、私は、タカノフーズさんの幹部研修を担当させていただいた。社長と専務のほか、役員一同が集まった研修は、合計六時間の長丁場であった。タカノフーズは、"おかめ納豆"の愛称で、業界トップの位置にある。シェアーは、三割近い。水戸納豆の名で有名な茨城県に本拠地を置く。ちなみに、納豆を生産する会社は全国に四百から五百社ある。そのうちの半分が茨城県にある。水戸納豆は、納豆の主力なのだ。
どうして納豆がこんなに伸びているのだろうかと、素朴な疑問が湧いてきた。昼休み、高野社長に質問した。「それは、業界挙げて、納豆を育ててきたからです。全体のパイを大きくすることにみんなで取り組んできたから、ここまで伸びてきました」との答え。まさに、志である。自分さえ良ければいいとの狭い考え方に立ち、人のものでも分捕ることを考えていたのでは、今日の姿はなかったことになる。
「みんなが良くなれば、自分も良くなる」とうたった"志ネットワークの誓い"にある文書のモデルケースである。「全体のパイを大きくすることには誰の反対もない。納豆が健康食品であることを訴え続けてきたことが、成長の一番の原因です。当社単独でも、納豆の効用を訴える広告宣伝活動に力を入れてきました。業界トップにあるものの責任でもあるわけです」。うれしい言葉だ。それに比べると、納豆の消費量の一・五倍ある豆腐や一・二倍の油揚げは、あまり伸びていない。一万数千軒ある豆腐屋さんが、豆腐そのものを育てるところまで手が回らなかったからのようだ。企業規模が小さいからやむを得なかったのかもしれない。
タカノフーズさんは、次は、豆腐や油揚げに力を入れようとしている。豆腐や油揚げに最も合う大豆を育てるところから着手していく方針である。日本伝統の大豆関連商品が見直されて、伸びていくことは、まことにうれしい。日本人以外は、納豆や豆腐をほとんど食べない。まさに、伝統の食材を大切にするスローフード運動の日本版だ。
日本人の心
2003年7月17日 上甲晃 | 個別ページ
「愚か、愚かだね」。そう言いながら、顔を曇らせるのは、奈良市内にある春日大社の宮司の葉室頼昭さん。私がかねてからお会いしたいと思っていた人である。
葉室さんは、元々は、大阪市内にある名門の病院の外科部長であった。外科部長から、宮司へという転身にも興味があったが、この人の著した本を読んでいるうちに、すっかりと共鳴・共感してしまった。日本人の心のありようについて、神道を基本に据えて説き起こされている。それがまことに平易であり、しかも本質を突いている。一度機会があればお目にかかって直接話をお聞きしたいものだと願い続けていた。願えば叶うとはよく言ったものだ。たまたま岐阜県でお会いした多和田さんが、良く存知あげているので、紹介してあげようと、労を取っていただいた。お目にかかるまでには数ヶ月を要したが、とうとうこの日、実現した。
梅雨の雨に現れた春日大社の境内には、鹿が悠然と歩いている。うっそうとした緑の森が、神域をさらに深みのあるものにする。社務所に立ち寄ると、貴賓館でお待ちしていますとのこと。少し改まった気持ちで、靴を揃えて、案内された部屋に入った。
葉室宮司は、秘書を伴って、入ってこられた。私は、来訪の思いを伝えた。「春日大社は、既に千二百年の歴史があります。神を理屈で説いていたら、とても千二百年も続かなかったでしょう。理屈ばかりの世の中になってしまいました。理屈で考えるから、神を信じないという人もいる。医者の私が、目に見えない神を信じて、祈っている。何でも理屈で考えるから、物事がどんどん行き詰まってしまうのです。愚かだね。愚か」。最先端の医療に携わってきたご本人が、神の力に頼らずして医療などありえないと言われる。私はその言葉に惹かれて、葉室さんの世界にのめりこむ。
ちなみに、春日大社では、『宮司さんのお話』と題するパンフレットを作成しておられる。その中に、「病気の治りやすい人、治りにくい人」という短文が掲載されていた。「診療に来るたびに、少しでもよくなってきたことを感謝する人は治りが早い。感謝の気持ちがまったくない人、病気をつかんでいる人は、なかなか良くなりません」とある。
およそ一時間半、葉室宮司さんも気分が乗り、私も大いに乗った。実に愉快で、魂の共鳴・共感する話ばかり。結論は、日本人の魂の原点を見据えなければ、日本は絶対に良くならないこと、そしてそのことに、とりわけリーダーと言われる人たちが気づかないことに及んだ。
葉室宮司の話
2003年7月16日 上甲晃 | 個別ページ
春日大社には、鹿がたくさんいる。奈良公園の中にもいる。どうしてここにこんなにたくさんの鹿がいるのか。松下政経塾卒業生の政治家である高市早苗さんにその話をしたら、彼女は、さっそく周囲の政治諸氏に聞いてみたらしい。みんなは、「餌をやるからではないか」と答えたそうだ。日本の国を動かす政治家がその程度の答えしかできないのが悲しい。奈良の鹿は、飼いならしたわけでも、野生でもない。人間と鹿の共生している姿なのである。しかも安心して、ここの鹿は、悠然と人間と付き合っている。この共生の姿こそ、日本人の心。理屈で考えるから、物事の捉え方が非常に浅くなる。その典型だ。
人を思いやる心こそ、日本人の心の原点である。自分の回りのものをすべて自分の仲間と思い、共生していくころ、それを忘れている。最近、"若返り"がしきりに叫ばれる。そして、年寄りを馬鹿にし、粗末にする。とんでもない間違いだ。人間の身体の細胞はすべて衰えるが、脳だけは衰えない。これは、自らの体験を若い人たちに伝えていくためである。そして最後は、自らの死ぬ姿をもって、死に方までを後世に伝える。年寄りとは、そんな大切な役割を負っている。だから、人生の三大お祝い事は、生まれること、結婚すること、そして死ぬことであった。
すべてのものと対立することなく、共生する、そして「相手が幸せになれば、自分も幸せになれる」と考える、それが本当の日本人である。戦争の後、日本人は、自国の戦死者だけではなく、敵国の戦死者までも弔う。この春日大社でも、そのまつりごとがある。
人を幸せにすることにより、自分が救われると考えるのが、本当の日本人の心をもった人だ。日本人にとって『働く』とは、はた(周囲)を楽にすることである。欧米人のように、『働く』ことは、苦役ではない。だから、リストラで首切りすることがまるで美談になっているが、周りの人たちを犠牲にするような考え方は、滅びの道である。人を苦しめて、自分が生き残ることなど、日本人のすることではない。「情けないね。情けない」。
社会の低迷を救う道は、時代を担う子供たちを元気にすることだ。子供たちに生命力がよみがえれば、国は救われる。今の子供たちには生命力がない。昔、おじいちゃん、おばあちゃんが、昔話を聞かせて、子供たちを育てた。おじいちゃん、おばあちゃんの経験が、子供の生命力を育んだのである。今は、おじいちゃんもおばあちゃんも、だらしない。おかあちゃんが国を滅ぼすのではないかとも思う。
日本は、命の力が衰えてきている。
ラジオ深夜便 松下幸之助に学ぶ
2003年7月 1日 上甲晃 | 個別ページ
ラジオ深夜便 松下幸之助に学ぶ~上甲晃
販売価格 : ¥1,050
内容 :CD1枚 78分
(平成15年7月1日放送)
《内容》
上甲さんは、松下電器で電子レンジの営業課長だった40歳のとき、松下政経塾出向の辞令を受けた。松下政経塾は、松下幸之助が未来を担う政治家・リーダーを養成するため、私財をなげうって設立した私塾。戸惑いながら赴いた上甲さんだったが、幸之助の情熱「自修自得」の塾の精神に心服していく。上甲さんが塾の体験を通じて学び、思い描いた志あるリーダー像とは?


