落選の辛さ
2005年11月20日 上甲晃
選挙で当選した人は、゛脚光゛という光を浴びて、まぶしそうである。日の当たる道を歩くことの、何と心地良さそうなことか。誰だって、選挙に出た限りは、まぶしくなるほどの脚光を浴びてみたい。しかし、日の当たる人がいる一方で、日の当たらない道を歩かなければならない人達もいる。当選した人がまぶしい光に目を細めている時、落選した人達は、暗闇の中で懸命に目を見開いて、わずかばかりの明かりを捜し求めている。その差の何と大きいことか。『天国と地獄』、そのままの図である。私は四人と会って、それぞれの苦衷をうかがい知り、こちらまで苦しくなる。私も大学受験で浪人した経験がある。しかし、大学受験の浪人は、一年後に再挑戦のチャンスが来る。また、「滑り止め」といった対応もできる。ところが、衆議院議員選挙は、そんなに簡単にはいかない。
まず、四年後まで、いつ選挙があるかわからない。とりわけ今回の選挙では、自民党が圧勝したから、人気ぎりぎりまで選挙がないだろう。これから三年から四年、歯を食いしばりながら、雌伏しなければならない。過去に五年雌伏してきて、その上にこれから四年近い雌伏を余儀なくされるのは、並みの試練ではない。まして、次回の当選を、誰も保証してくれない。「また落選するかもしれない」という恐怖が、地獄のように苦しめる。言葉では表せない苦悩の日々を過ごさなければならない。私は、落選者の応援を止めるわれにはいかない。

