志ネットワーク 青年塾:「志の高い日本」は、「志の高い日本人」によってこそ実現するとの思いに立ち、志ネットワーク活動を展開。 主宰:上甲晃

高野さんの志

2006年6月15日 上甲晃 |

 リッツ・カールトン・ホテルについて、日本支社長の高野 登さんは、二時間、熱く語ってくれた。
 私は、いきなりから、話に引き付けられた。高野さんは、まずリッツ・カールトン・ホテルの歴史から話を始めた。「千八百年代の中ごろ、パリのパンドーム広場にホテル・リッツが開業しました。創業者のセザールリッツさんは、゛ホテルの非常識゛をいくつも試みました。当時のホテル業界では考えられないような非常識なことを次々に試みたのです。例えば、ホテルのロビーに、大きなお花を飾りました。各部屋にシャワーをつけました。お客様の好みに関する顧客情報を記録して管理するようにしました。また、レストランで、自分の好きなものが食べられるようなアラカルトを始めたのも、セザールリッツさんが初めてです。いずれも、今は゛ホテルの常識゛になっていることばかりです。しかし、当時は、ホテル業界の誰もが考えたことのない、゛非常識゛だったのです」。
 リッツ・カールトン・ホテルは、セザールリッツさんの゛非常識への挑戦゛の遺伝子を受け継いでいると、高野さんは、話を切り出した。「リッツとカールトンの二つのホテルが一つになり、一九八三年、ホテルをヨーロッパでなく、アメリカで展開し始めた。ホテルの建設が始まってから、本当に新しいホテルが必要なのか、我々が新しくホテルを作ることにどんな意味があるのか、そんな議論を徹底して行いました。結論は、ノー。わざわざ我々がホテルを開く意味がないということになりました。そして、我々がやる限りは、ホテルをもう一つ作るのではなく、社会に゛ラグジュアリー(豪華な豊かさ)゛を創造するところに意味があるとの結論に到達しました。私達が、ホテルのサービスやホスピタリティに対する考え方を変えることが出来るかどうか、私達の真価は、そこで問われるのです」。
 高野さんの話には、DNA、遺伝子という言葉がしばしば登場する。企業としての゛遺伝子゛とは、その企業の存在に関する根本的な意義とも言える。リッツ・カールトン・ホテルは、名前はホテルではあるが、実際には、「ラグジュアリー(豪華な豊かさ)を新しく創造し、提供する」ところに存在理由を求めているのである。
この点は、まことに大切なところである。自らの存在の根本理由が明確でないと、サービスの方向も従業員が力を発揮する方向も決まらない。私が高野さんの話に共鳴・共感する最初のポイントはここにある。企業のDNAとは、私なりの表現では、『志』である。企業に、『志』がなければ、力強い活動など出来るはずがない。

アグリツーリズムを体験

2006年6月14日 上甲晃 |

  アグリツーリズムを体験
来年の三月末から四月初め開催

感動を独り占めしないのが、私の方針。自らが感動したら、その感動を多くの人達と分かち合いたい、それが私の思いです。かねてから、イタリアのアグリツーリズムが魅力的だと聞いていました。農家に滞在する旅行がはたしてどんなものか、今年の春に、夫婦で実際に経験してきました。二十年前からイタリアが力を入れてきたアグリツーリズムだけに、なかなか快適であり、滞在型の旅行として感動的でありました。゛アグリツーリズム゛は、イタリアが先進地。農村ホテルに滞在して、農家の暮らしを体験するツアーです。今年、私達夫婦が滞在した゛丘の上ホテル゛は、日本人旅行者としては、初めて。しかも、あまり観光化し過ぎていないところも魅力的でした。おいしいワイン、素朴な人情、美しい景色、来年はご一緒にいかがですか。皆さんのご希望があれば、ツアーを計画したいと思います。宿の主人には、「今度は友達を連れてくる」と約束しました。今回は、初めての試みとして、「みんなで作りあげるツアー」を考えています。すなわち、最初に希望者に手を挙げていただき、内容はみんなで考えながら進める方式です。日程だけは、来年の三月末から四月初めの一週間から十日を予定しています。「今のところ参加してみたい」と思う人の参加を募集します。応募いただいた方々と、これから一年近く、様々な相談をしながら、そのことも一つの楽しみにしたいものです。とりあえずの案としては、農村ホテルに半分滞在して、後の半分は、フィレンツェ、シェナ、ローマなどの歴史のある街に滞在することを考えています。゛お仕着せのパックツアーから、゛自分たちで作りあげる旅゛へ。旅の進化をめざしてみたいものであります。

リッツ・カールトンの人気

2006年6月14日 上甲晃 |

 十年前、大阪駅のそばにリッツ・カールトン・ホテルが開業した時、「ヨーロッパスタイルのいいホテルが出来たな」といった程度にしか受け止めていなかった。知人の中には、「迷路のようなホテルだ」と言う人もいた。確かに、フロントの位置やエレベーターの位置がなかなかわからない。廊下もまっすぐになっていないので、部屋を出てから、しばしば面食らうこともある。そんな変なホテル(?)に関心を持ったのは、日経ビジネス誌で、「サービス日本一」として取り上げられた時からである。とりわけ、ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社の支社長である高野 登さんと知り合って以来、その魅力にすっかり取り付かれるようになってきた。
 高野さんは、私よりも一回り下の巳年生まれ。初めて北九州で出会った時、その紳士ぶりが気に入り、話が大いに弾んだ。わずかな回数しか会っていないのに、゛魂の共鳴・共感゛が起きて、何十年来の友人のように親しくお付き合いを始めた。『リッツ・カールトン・ホテルのサービスに学ぶ勉強会』は、そんな出会いの経過から生まれたものである。
 それにしても、リッツ・カールトン・ホテルの人気振りには驚いた。最初の計画段階で、私は、何とか五十人には集まってほしいと思った。ところが、呼びかけ始めると同時に、次から次へと申し込みが相次いで、あっという間に五十人を越えた。あわてて、会場をさらに大きな部屋に変更して、定員百十人までの研修室を押さえた。その定員も、とうとう満員になり、大盛況の勉強会になった。それほど、リッツ・カールトン・ホテルの人気は高かった。私はまずそれに驚いた。
 夕食会は、予算一万五千円。「立食は嫌。きちんと座って食事をする方式」と、私が強く要望した。食事会の会場は、ドアーを開けた途端、驚くほど豪華に、そして華やかに設営されていた。照明の具合も、ムードを盛り上げてくれる。椅子はすべて白いカバーが掛けられて、快適だ。勉強会参加者を対象に、希望者を募集したところ、ほぼ半分の五十四人が参加、豪華な夕食会を堪能した。アルコールはフリー、食事は大変においしいと、参加者の間で、大好評だった。
 宿泊希望者は、食事会参加者のほぼ半分。宿泊代金となると、ぐんと高くなる。大阪のホテルの中では、最高級ホテルの中でも、さらに一ランク高い。それでも、この機会にどうしても泊まりたいと、たくさんの方々が申し出られた。それにしても、リッツ・カールトン・ホテルの人気と、゛ラグジュアリー(豪華な豊かさ)゛を求める社会風潮の高まりを、改めて教えられる気がした。日本は、どうやら成熟化の方向に向かいつつあるようだ。

トスカーナ旅行記

2006年6月13日 上甲晃 |

農村生活を堪能しました
アグリツーリズムを体験

おいしいワイン、美しい景色、人情

 時間に追われ、売り上げ目標に追われ、世知辛い生活に追われ、偏差値に追われる日本人からしたら、スローライフや゛ゆとり゛は、とても心地良い響きをもって聞こえてくる。しかし、イタリアの人達の生活ぶりを見ていたら、とても日本人には受け入れられないことばかりだ。
 トスカーナ州に滞在することが、今回、旅をする一番大きな目的である。とりわけ、この地で盛んな゛アグリ・ツーリズム゛を体験したい、出かけてきたしだい。重たいカバンを持って、次々と移動することはしないつもりだ。しかし、私には、「思いあって、計画なし」。その計画の具体化を担当してくれたのが、ローマ在住の村上佳子さん。インターネットを駆使して、 私の要望に応えるような宿を探し、訪問の計画を策定してくれた。
 トスカーナの景色は、なだらかな丘の連続である。そして、丘の一番高い所に、集落が開けている。日本では、丘の麓に集落があるのに対して、トスカーナでは、決まって、丘の上に集落がある。とりわけ一番高いところには、教会の建物がそびえる。凝灰岩の露出しているところが、渓谷になっている。渓谷以外の土地は、羊を飼育する牧場か、オリーブ、ぶどうの畑である。景色にアクセントを添えてくれるのが、糸杉。ゴッホの絵を思い起こさせるかのように、至る所に、糸杉がすっくと立つ。
 私達が滞在する゛丘の上ホテル゛は、田舎町の駅であるキウージからタクシーでおよそ三十分。村の名前は、「地球の歩き方」の地図にはない。有名観光地を目の色を変えて歩き回る人達とはまったく無縁の世界だ。アグリーツーリズムの宿を売り物にする宿は、名前を゛丘の上のホテル゛と呼ぶ。その名の通り、宿は、小高い丘の上に立つ。そこからの景色もまた、絶景だ。標高千七百メートルのアミアタ山をはじめとして、見渡す限り、千メートル急の山が見渡せる。そして、小高い丘には集落があり、麓には牧場やぶどう畑、オリーブ畑が広がる。
 早春のトスカーナ風景を彩るのは、ピンク色の桃の花やミモザ、そして゛白いとげ゛と呼ばれる、まるで満開の桜のような木々。百年前も、五百年前も、人々は、この景色の中で静かに生きてきたのであろう。ここに来て、初めて、スローライフの意味するところが読み解ける。
 ゛丘の上のホテル゛は、母屋があり、その一階は、フロント、事務所、レストラン。私達の滞在する部屋は、二階の一角にある。すばらしい景観が楽しめる。部屋も快適だ。ベランダに出ると、変化するトスカーナ風景を楽しめる。正面の小高い丘には、小さな集落がへばりついている。この日、宿泊客は私達だけの貸切状態。同行の村上さんの部屋は、母屋と離れた所にある建物。ここは、田舎暮らしを味わえるように、農家と同じの構造になっている。いよいよ、アグリ・ツーリズムの世界に突入である。ちなみに、母屋はかつて、ウサギや鶏などの飼育小屋だったとか。
゛丘の上ホテル゛は、農家の一家が経営する。ホテルに滞在すると、農場の見学ができる。この日、午後四時、ホテルの前に一台の車が止まっていた。私達一行を農場に案内するためである。しばらくしたら、背の高い息子が現れた。ついさっきまで昼寝をしていたのではないかと思うような、大儀そうな動きで運転席に座った。
 私はその若い青年の目を覚まさせるために、矢継ぎ早に質問した。「あなたのホテルはいつ創業したのか?」。「私の家は、百年以上前から農業を営んできました。今から二十年前、父と母が相談して、アグリ・ツーリズムのホテル、乗馬クラブなどの経営を始めました」。「農業は何を作っているのですか?」。「今から案内するブドウ畑、そしてオリーブです。さらに黒豚の飼育、ハムやソーセージ、サラミの生産も手がけています」との答え。次々と、息のつく暇もないほどの速さで質問するものだから、若者の背筋も伸びてくる。「ワインも造るの?」と聞いた。「もちろん、自家生産しています」と若者。段々と、゛丘の上のホテル゛の様子が理解できてきた。若者には、姉がいる。その姉は、ホテルの事務を担当している。まさに、一家総出の多角経営の姿である。
 若者は、年齢二十五歳。「何の疑問もなく、親の姿を見ているうちに、この仕事をしたいと思うようになった」と、きわめて優等生の答えが返ってくる。「若い人は農業をしたがらないのではないの?」と、少し意地悪な質問もぶつけた。「僕はこの仕事が好きだ」と若者は、胸を張る。
 案内してくれたブドウ畑は、はるかかなたまで続く。「あなたが一人で作業するの?」と聞いてみた。「私もします。しかし、後は地元の人二人と、ルーマニアから来ている男が働いています」とのこと。家族総出の経営を、地元の人達と外国人労働者が助ける。
 二百頭の黒豚を飼育する現場は、トスカーナ風景をはるかかなたに見晴らせる傾斜地にある。「これは私の家の敷地より広い」と私は思わず大きな声を出した。豚一頭につき、広々とした一区画の土地が与えられている。三角の小屋に豚一頭。その小屋の敷地は、我が家よりはるかに広い。贅沢な暮らしの豚達である。これなら運動不足になるどころか、大自然の空気を吸いながら、存分に走り回れる。うまい肉になるはず。
 家族総出の経営の圧巻は、母親の経営する乗馬クラブ。ホテルに滞在しながら乗馬を楽しむ人達もいるが、正規の生徒も多い。広大なパドックと、数十頭の馬を飼う小屋を見せてもらった。「農業の多角化をしたかった」と語る奥さん。「後は軌道に乗せるだけ」と、鼻息が荒かった。
朝の七時、窓を開けると、青空が抜けるようだ。まだ太陽は上がっていない。日の出前のトスカーナ風景は、神秘的でさえある。太陽が昇る直前、東の空が輝き始める。それとともに、西の方にある山々が、緑色に輝く。山の頂上周辺に開けた村が、夜明けを迎える。牧場の緑が明るく映える。やがて太陽が、東の山の上に頭を出す。洗面所で身づくろいしている妻に、「日の出だ」と声を掛ける。妻が急いで、ベランダに出る。トスカーナの風景に光が差す。一日の始まりだ。


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