無一物

上甲 晃/ 2001年10月1日/ デイリーメッセージ/

「人間、死ぬときは裸。どんなに財産をもっていても、首からどれほどの勲章をぶら下げていても、あの世には持っていけない。とすれば、たくさんの財産を抱えたまま死ぬのはまことにつらく、苦しい。惜しい惜しいと思えば、死んでも死にきれない。無一物だったら、どんなに楽か」田中晴雄さんは、そんなところから話を切り出した。

岐阜県恵那市に完成した中仙道広重美術館は、2日前にオープンしたばかり。その美術館の3階で、志ネットワーク全国会議に参加したメンバーは、田中さんの話に耳を傾けた。田中さんは、この美術館に、自分が人生かけて集めた中仙道69次の浮世絵を残らず寄付をしたのである。その人の口から、「無一物」の話が出ると、説得力がある。

田中晴雄さんは、およそ400点の浮世絵をすべて寄付した。自分の手元に残す。自分の家族に何枚か残すといった、そんないじましいことはしない。「人にものを差し上げるときは、一番大事なものを差し出す」精神である。そういう精神の持ち主から聞く話は、聞く者の心をとらえて離さない。参加者は、一言も聞き漏らすまいと、身を乗り出した。

田中さんの心の支えは、”観音さん”である。「信仰を持たない人生はつらいものよ」と言うだけあって、観音さんを日夜の支えにしているのである。それにはきっかけがあった。まだ駆け出しのころ、岐阜から、鹿児島の黒砂糖の買い付けを命じられた。60万円の現金を出して買い付けたところが、いつまでたっても物が来ない。そのとき、母の背中で観音さんの祈る母のことを思い出して、観音さんに祈り続けた。不思議なことに、それからまもなく物が届けられた。

田中さんの口からは、聞く者の心を揺さぶる言葉が次々に出てくる。まず、「南無地獄大菩薩」の掛け軸を示しながら、「白隠禅師の言葉であるが、人間、地獄の向こうには極楽がある、地獄のような苦しさの向こうに極楽があるといった意味である。私はこの言葉を支えにして、人生を歩いてきた。もちろん逆もある。人間にとって一番怖いのは、有頂天。私は自分の手帳にも、有頂天と書いて戒めている」。「不合理な富を得たり、勲章をほしがらない。人様の物を掻き分け掻き分けて奪い取り、息子に残すようなことはしない。人と肩をぶつけ合うようなときには、そっと横によけて通る」。そんな一言一言も、いささか迷いの多い私には、新鮮に響く。最近、こんなに輝く、しかも骨のある人物に出会うことは少ないように思う。得がたい人である。