約束

上甲 晃/ 2001年12月2日/ デイリーメッセージ/

北海道クラスは、一人でも塾生がいる限りは存続する」、そんな約束をして、『青年塾』の北海道クラスは3年前にスタートした。極端な言い方ではあるが、私の固い決意を述べたものである。

昨日からスタートした、『青年塾』の北海道クラスは、初日、3人の参加であった。もともと、5人のクラスであるから、半分以上の塾生が参加してくれていることになる。しかし、3人はいかにもさびしい。この講座のために、私と妻と、妻の妹の3人が、事務局として参加している。夕食の時間には、6人でテーブルについた。アットホーム、そんな雰囲気がある。本来は、アルコール抜きで食事をして、それから近況報告をする段取りになっている。3人では、それもかなわない。ビールでも飲みながら、ゆっくりと食事をするかと、方向転換をした。

これだけの少人数では、もちろん、赤字の運営である。私たち3人の参加は、手弁当である。自分で費用を支払って、講座に参加した。「一人でもやる」と大見得を切った以上は、参加者に費用を負担させるのは無理である。私は、本当は、『青年塾』の運営については、可能な限り、手弁当でありたいと願っている。ただ、他に収入源の限られている私としては、すべてを手弁当にする余裕はない。だから、最低限の費用については、負担をお願いせざるを得ない。ただ、北海道クラスは、人数が少なすぎるから、それさえもお願いできない。今のところは、講演料などの収入をもって、北海道へ出かける私たちの費用は、自前の負担にしている。要するに、『青年塾』は、私の儲け仕事ではなく、志の仕事であるということである。

「一人でも応募者があれば、北海道クラスは存続する」。私がそんな約束をしたことを、誰も覚えていないであろう。誰も覚えていないから、適当な時期に止めても良いだろうというわけにはいかない。採算が合わないからというのも、「志の仕事としてやる」と宣言した私としては、理由にならない。まことに、志というものは、厄介で、しんどいことだと思う人も多いことであろう。しかし、志とは、厄介で、しんどいところに値打ちがあるのだ。これは、「生きる美学」なのである。

誰も覚えていなかったとしても、私自身が覚えているから、止められない。だから、やる。今、第6期生の応募をしている。今年は、第二番目に願書が送られてきたのが、北海道クラスへの応募者であった。これで、北海道クラスの来年の存続は決まったわけだ。