こういうときだからこそ

上甲 晃/ 2001年12月16日/ デイリーメッセージ/

「うちは、経営に余裕があるから、賃上げしたり、人の採用をしたり、雇用の安定や安心を図っているのではないのです。こういう厳しいときだからこそ、何を大事にしなければならないかを考えて、やるべきこととは断固としてやる、それだけのことです」と、白元の鎌田社長は言う。

例えば、白元さんは、毎年、新しい社員の採用は継続して行っている。人員削減、新規採用の中止が、まるで経営改革の最先端の取り組みのように取りざたされている昨今にあっては、まことに珍しい会社と言わなければなるまい。また、鎌田社長が言うところの゛贅肉経営゛も、今どき、耳を疑うような姿勢である。「企業はどんなに苦しいときであっても、目一杯の体制ではいけない。贅肉とも言うべき余力を持たなければならない」、そんな思いを゛贅肉経営゛という独特の表現にして、鎌田社長は訴える。贅肉の殺ぎ落としに必死になっている企業の経営者からすると、今どきなんと恵まれた会社かと思うことだろう。

鎌田社長は、それを言下に否定しているのだ。「余裕があるからではない、必要だから」と。私はその姿勢に共鳴共感したのである。どんなに苦しいときでも、社員の生活の安定を必死で図る。それは、「社員の生活の安定と安心を、会社は本気で考えている」ことを示すためなのだ。経営状況が厳しくなると、とたんに社員の昇給を止めたり、賞与のカットをするならば、「社員の生活の安定と安心を図ると言ってきたが、口先だけではないか」と、社員は会社の本音を疑う。

苦しいときは、本音を試されるときであり、本気さを問われるときとも言える。例えば、文化事業の支援。かつてバブルのときには、日本中の会社が、競い合うように文化事業に乗り出し、さまざまな支援活動にも力を入れた。そのときは、日本の企業が、単なる儲け主義を脱皮して、文化に対する深い理解をする円熟した存在に成長したような雰囲気があふれていた。ところが今どき、どうか。慌てて止めることばかり考えている。要するに、あれは、お金が有り余っていたときの、気まぐれのようなものでしかなかったと疑われても仕方のない現状である。

経済情勢が極めて厳しい今日だからこそ、『本気を証明』する好機である。こんな苦しいときにも、社員の生活の安定・安心を真剣に考えている会社があるとすれば、社員はきっと会社を一層信頼することであろう。厳しいときだからこそ、先のことを考える。厳しいときだからこそ、人を育てることに力を入れる。何に本気かを示す、今がチャンスだ。