目の前の人

上甲 晃/ 2002年5月20日/ デイリーメッセージ/

その朝、インド人のガイドであるマンジュさんは、朗報を持って私たちの待つホテルに飛び込んできた。息せき切っていながらも、目は輝いていた。「喜んでください。マザーテレサさんとお会いできそうです」。私たち一行もまた、思わぬ朗報に心を躍らせた。

カルカッタの街の中を、マザーテレサの館に急いだ。街は相変わらず、貧困の中にあえぎ、混沌のままに動いている。力弱く物乞いをする乞食、街路でまるで死体のように動かないままに寝転んでいる人たち、裸足で歩き回る子供たち。数日の滞在で見慣れたはずの景色ではあるが、私は、心の痛みを感じ続けた。貧しいことは、とても悲しく、辛く、痛ましいことなのだと。

マザーテレサの館は、貧しさの中に沈み込むインド・カルカッタにある。そこは、まるで゛魂の休息場所゛であるかのように、清潔に整えられ、心の温かさを秘めていた。修道女たちが、かいがいしく働いている姿も、雰囲気をいっそう凛然としたものにしていた。

自室から礼拝に向かうマザーテレサさんを、私たちは待ち受けた。やがて、その人は小柄の体を現した。私たちを案内してくれた人が、マザーテレサさんに引き合わせてくれた。渡り廊下にある長椅子に座るようにと、マザーテレサさんは優しく私の体を導いてくれた。私たちは、勢い込んで自らのことを説明した。時が、輝くように過ぎた。

「カルカッタの街の中には、貧者があふれている。あなたのように、行き倒れた人たちをひとりずつ連れてきて、お世話をするよりも、あなたがこの国の指導者になり、貧しい人たちを無くすような大きな働きをされてはどうか」、マザーテレサさんは、そんな質問をしばしば受けると言う。そんなときのマザーテレサさんの答えは決まっている。「私は目の前のこの人が捨てて置けないのです」。私は、この言葉が生涯忘れられないのである。

私たちは、目の前のこの人を大切にすることよりも、全体を良くすることにばかり目を向けがちである。隣人愛よりも、人類愛を好む傾向にあることも否定できない。全体を良くすることは、目の前のこの人を助けるところから始まることをしばしば忘れてしまうこともある。目の前の一人一人が集まって、全体を成していることを忘れがちである。医療全体を良くすることも大切ではあるが、その第一歩は目の前のこの人を良くするところから始まる。目の前のこの人もまた、かけがえのない命を生きているのだ。あなたを失うことはできない。