弟子たちの時代への準備

上甲 晃/ 2002年10月6日/ デイリーメッセージ/

「吉田松陰先生が松下村塾を設立し、命がけで塾生を指導した時代がまずあった。やがて吉田松陰先生がこの世を去るとともに、歴史の表舞台に現れたのが、高杉晋作や久坂玄瑞のような弟子たちである。松下村塾で学んだ塾生たちが、幕末から明治維新への大転換期の主役として活躍した。私が吉田松陰先生であり、『青年塾』が松下村塾であるなどと言えば、まことに不遜ではあるが、話をわかりやすくするためのたとえと思って聞いて欲しい。『青年塾』は、まだ創設時代であり、草創期である。すなわち、塾長がいて、塾生を直接的に指導する時代である。しかし、いつまでもこの形のまま続けることはできない。少なくとも創設者である私は、年を追うごとに、老いていく。そこで、今から第二段階、すなわち塾生が中心になって『青年塾』を運営していく弟子たちの時代への準備をしていきたい。手始めに、私が全国各地を歩きながら新しい塾生を募集するやり方に対して、今年から、塾生諸君による募集活動も新たに展開していきたい。゛同志が同志を呼ぶ゛、そんな活動を始めたいのである」。この日、全国各地から我が家に集まってくれた『青年塾』各地区の代表に対して、私がそんなたとえ話を交えながら、口火を切った。

『青年塾』の門を叩いてくれる塾生は、年々、数が増えてきている。初年度が四十人であったのに対して、今年は九十一人。二つのクラスから、五つのクラスを展開するまでに広がりつつある。従来の応募は、志ネットワークの会員諸氏による紹介と、私が全国各地の講演会で呼びかけを通じて行う二本柱であった。もちろん、この二本の柱はこれからも継続していくが、さらにもう一本の柱、塾生諸君による゛同志が同志を呼ぶ活動゛の流れを起こしていきたいのである。二本柱の募集活動から、三本柱の募集活動へと一歩進めるのだ。

もっとも、勧誘や募集は、なかなかに難しい活動である。宗教団体ならば、新しい信者の勧誘は、自らの信仰心の証であると決め付けられるところだが、『青年塾』はそんなところではない。自然に、そして無理なく同志が増える活動を、しっかりと展開していきたいのだ。

例えば、各地区で、塾生諸君が独自に展開する勉強会や社会運動が魅力的であり、活発であり、個性的であるならば、関心のある人たちがたくさん集まってくるだろう。そういう人たちは、きっと、『青年塾』に関心をもち、さらには同志として共に学びたいと願うだろう。自然に、無理なく同志が増える方法を各地で研究してもらいたい。