視野を広げる

上甲 晃/ 2003年3月7日/ デイリーメッセージ/

別に有名でもなけば、大げさな地位役職についているわけでもない、ごくごく平凡な人たちが、まじめに、ひたむきに生きている姿は、ある意味で、感動的である。世に、「一隅を照らす人」たちの生きざまのすばらしさに接すると、私もまた、心を躍る思いがする。

この日開催した『青年塾』第七期生の修了発表会は、朝の九時から、夜の九時まで、延々十二時間かけた大行事であった。しかし私は、十二時間、全身全霊を傾けて、みんなの発表を聞いた。そして、十二時間、ひとつも退屈しなかった。理由は、簡単。発表や掘り下げ方に多少の巧拙はあるにしても、発表内容が、「一隅を照らす人」の生き様ばかりだけに、どの発表もなかなか興味があったからだ。

昨年までは、正直なところ、十二時間近い発表をいささか我慢して聞いていた。どうして退屈するのかを色々考えてみて、原因がわかった。「志の人」を見つけて発表する時、多くの塾生諸君が、親や直属の上司など、手近なところにいる人たちを取り上げていたからだ。親や上司に志がないというのではないが、どこか「お茶を濁す」姿勢があった。

今年は、親や直属の上司は基本的には避けることを決めた。すると、とたんに困るのだ。その「困ること」が、一番大事なのである。困ってこそ、そこに努力が生じ、発見があり、感動が生まれる。親や上司であれば、一声かければ済む。まことに楽である。楽をすると、発見も感動も学びもない。今回、みんなは、テーマにふさわしい人を探し出すのに、随分、苦労したようだ。苦労した分、私には色々な発見や感動があった。おかげで、十二時間、退屈することなく、みんなの発表を聞き届けることができた。改めて、「教育は、苦労の仕掛けを作ること」だと実感した。

それにしても、平凡と思える人生に、様々な学びがあることに何よりも驚く。「人間、すべて価値ある存在になりうる」との確信も深まった。みんなの発表を記録し続けた私のメモ帳は、最後には、平凡な人たちの『名言集』となった。

「人生の正しいツッパリになりたい」、「すべての社員と志を共有することこそ、社員のやる気を生み出す」、「志とは、自分の足で一歩を踏み出すこと」、「現場に、目と耳と体全体を向けろ」、「どんな小さな約束も必ず守る」、「人は、他人とのかかわりの中で育てられる」、「志は、人に触れて、感じて育つもの」、「あまりがんばり過ぎないようにがんばりなさい」。まだまだいくらでもある。いずれも、自らの人生の中で、苦しみ悩みながら発見した、生きる原理原則なのである。