ラジオ放送

上甲 晃/ 2003年4月7日/ デイリーメッセージ/

四月五日の土曜日から、毎週、三十分のラジオ番組を受け持つことになった。放送局は、ラジオ大阪。放送時間は、午後二時から、二時半まで。番組の題名は、「上甲晃の志ネットワーク」。まるで、私のためのような題名の番組である。気恥ずかしいこと、この上ない。

そもそもこの話が持ち込まれたのは、私の家を建設してくれた甲州建設の志村社長からである。志村さんが、大阪府宅建組合の広報責任者に就任したことから、同組合がスポンサーとなり、「関西復権、大阪を元気にする」ことを目的とした番組として、計画が進められてきた。日ごろ、余りにも過密なスケジュールで動いている私が、毎週のラジオ番組を一年間も継続することは難しいのではないかと危惧した。しかし、大阪のあまりの凋落振りを見るにつけ、「見て見ぬ振り」をすることはできないと、お引き受けした次第である。

昨日、本番収録のために、ラジオ大阪に出かけた。驚いたことに、スポンサーが、大阪府宅建組合から、志村さんの経営する甲州建設に変わっている。その間には、様々の複雑な事情があったようだが、志村さんもまた、その志を貫くために、自社がスポンサーになることを決めた。そんな関係から、「上甲晃の志ネットワーク」といった、身に余るような光栄な題名の番組が生まれてきた。三十分の番組を、私とアシスタントの女性、そして志村さんが担当する。この日は、二週分を収録した。

「ちょっと、講演の時に話をしている雰囲気になっていますね。もう少し、会話をしている柔らかな雰囲気を出していただきたい」と、志村さんからの注文がつけられた。相手の見えないマイクに向かって話すのは、講演とは違う難しさがある。徐々に慣れていくのだろうが、この日ばかりは緊張の連続だ。

私は、この番組を通じて、「関西復権・大阪再生」に自らのエネルギーを注ぎ込んでみようと思っている。「関西は停滞している。大阪から日本は沈む」と口にして批判することは、簡単だ。しかし、口で言っている限りは、しょせん他人事であり、遠吠えにしか過ぎない。私のできることは限られている。その限られた範囲の中であっても、全力を尽くすことが、やはり志であろう。低調な大阪を見捨てて、他所に住む手はない。低調だからこそ、大阪に踏みとどまって、微力を尽くすことが必要なのだ。

今年の秋には、『関西改革のための組織』を立ち上げようとも思う。ラジオ番組を継続して担当させていただければ、活動はやりやすい。私にとっては、好都合だ。