老いて衰えず

上甲 晃/ 2003年5月7日/ デイリーメッセージ/

伝記作家の小島直記先生ご夫妻と、何年ぶりかでお目にかかった。新潟に本拠地を置く歯科のチェーンである徳真会が、新しく新潟診療所と研修センターを開院した記念の行事で、小島先生が記念講演された。私もまた、同じ会合に招かれていたので、小島先生ご夫妻と久しぶりにお目にかかることができたのである。私が独立して間もなく、七年半になる。その間にたった一度しかお目にかかっていない。小島先生は八十五歳、そしてこの日に誕生日を迎えられた奥様は、八十二歳。結婚して六十年目のお二人だが、共にかくしゃくとしておられる。私たち夫婦は、ご夫妻のはつらつとした姿に接して、大いに感化を受けた。妻もまた、「すばらしいご夫妻の生き方だ」と驚いた。

「人生には、三つの出会いが必要だと、学生時代に教えられた。一つは、師との出会い。二つには、友との出会い。そして三つ目は、書との出会い。私は、東京大学に学んだが、嫌な大学だった。師に当たる教師連中は、出世競争をあおるようなことしか言わない。仲間は、人を押しのけてでも自分の利益追求に目の色を変えるやからばかり。師にも、友にも恵まれなかったが、唯一つ、書には恵まれた。私の人生の拠り所となった書は、佐藤一斎が著した『言志四録』。中でも、<一灯をささげて暗夜を行く。暗夜を憂うるなかれ。ただ一灯をたのめ>との言葉は、生涯の心の拠り所であった。しからば、一灯とは何か。そこが人生の問題だ。札束を集めることを、一灯だと思う人もいるだろう。しかし、暗夜の中では、札束は数えられない」。講演は、いつもの小島節。健在だ。

私は、小島先生のふだんの生活ぶりを聞いて驚いた。「最近は、講演や、執筆は断ります。だから、午前中は、本を読む。それもフランス語の原文が一番面白い」、そんな一言からして、八十五歳の老人のせりふではない。「昼からは、碁会所通い。これが一番楽しみ。後は、古今東西の名作と言われる映画をビデオで見る。ビデオが山のようにある。それを何度も見る。最近は、ジョンウェインの西部劇が一番面白い」などと話される。日々のようすが目に浮かぶようだ。

佐藤一斎の言志四録にある、『壮にして学べば、老いて衰えず。老いて学べば、死して朽ちず』。まさにその一言とピタリ符合する生き方を目の当たりにする思いだ。肉体は歳とともに衰える。しかし、精神や心は、いつまでも若々しく、みずみずしいままでおれるのだと、大きな勇気を与えられるようだ。自らの一灯とは何かを探求していく限り、人間は衰えないものだと、久しぶりにお会いした師から学ばせてもらった。