互助

上甲 晃/ 2003年6月18日/ デイリーメッセージ/

「全員出席。それを目的にして、みんなで手分けして声を掛け合いました。今年は、入塾した人は、一年後に揃って出発するとの方針が示されましたので、どうしても全員出席を実現したかった。しかし、結果的には、一人の欠席者を出してしまいました。みんなで、協力し合って、手を尽くしました。けれども、その人からは返事がなく、なすすべがありませんでした。それにしても悔やまれるのは、一度だけ留守番電話にメッセージが入っていたことです。どうしてあの時に、留守番電話になってしまっていたか、悔しいです」。そんな風に話し始めた『青年塾』東海クラスの代表世話人である水野君は、途中から少しばかり涙声になっていた。

弱肉強食の社会、「切捨て」が大流行である。「付いていけない者は去れ、付いてこれない者は切り捨てる」。それが、昨今の社会全体の風潮である。みんな、生き残ることに精一杯である。だから、人が去り、切り捨てられることは、自分が生き残れるチャンスが増えることを意味する。「来ない者は来なくていい」、「やりたくない者はやらなくてもいい」とみんなが考えたとしても、不思議ではない。そんな社会風潮とは逆行するようなことを私は、『青年塾』の諸君に求めている。「落伍者を出すな」と。それは甘いからではない、共に助け合う努力なしに、切り捨てるような『青年塾』でありたくないのである。

『青年塾』は利益追求の団体ではない。人間鍛錬の場である。人間鍛錬の場である限りは、「落伍者を一人も出さないようにする」ことも大事な研修だ。それも、基準を大幅に下げて落伍者を出さないのではない。基準を上げつつ、落伍者を出さないようにするにはどうしたら良いかを考え、実践することは至難の業だ。「付いていけない者はどんどん切り捨てろ」といった言い方は、いかにも厳しい姿勢のように聞こえるが、それは無責任だ。「切り捨てる」よりも「落伍者を出さない」方がどれほど難しいことか。難しいことに挑戦してこそ、人は成長する。

私には、水野君の涙が尊いものに見えた。参加できない人のことを思って涙が流せる人は、「来たくない人は来なくていい。捨てておけ」と言う人よりも、はるかに人間的に魅力がある。

私は水野君に一つ忠告した。「とにかく出席してもらおうと考えて、みんなで手を尽くすことも大事だ。しかし、参加したくない時に、余りにも強く勧められると、かえってかたくなになったり、意固地になってしまうものだ。無視するのではなく、関心をもちながら、そっと見守ることもまた必要だよ」とアドバイスした。それもまた、勉強だ。