葉室宮司の話

上甲 晃/ 2003年7月16日/ デイリーメッセージ/

春日大社には、鹿がたくさんいる。奈良公園の中にもいる。どうしてここにこんなにたくさんの鹿がいるのか。松下政経塾卒業生の政治家である高市早苗さんにその話をしたら、彼女は、さっそく周囲の政治諸氏に聞いてみたらしい。みんなは、「餌をやるからではないか」と答えたそうだ。日本の国を動かす政治家がその程度の答えしかできないのが悲しい。奈良の鹿は、飼いならしたわけでも、野生でもない。人間と鹿の共生している姿なのである。しかも安心して、ここの鹿は、悠然と人間と付き合っている。この共生の姿こそ、日本人の心。理屈で考えるから、物事の捉え方が非常に浅くなる。その典型だ。

人を思いやる心こそ、日本人の心の原点である。自分の回りのものをすべて自分の仲間と思い、共生していくころ、それを忘れている。最近、”若返り”がしきりに叫ばれる。そして、年寄りを馬鹿にし、粗末にする。とんでもない間違いだ。人間の身体の細胞はすべて衰えるが、脳だけは衰えない。これは、自らの体験を若い人たちに伝えていくためである。そして最後は、自らの死ぬ姿をもって、死に方までを後世に伝える。年寄りとは、そんな大切な役割を負っている。だから、人生の三大お祝い事は、生まれること、結婚すること、そして死ぬことであった。

すべてのものと対立することなく、共生する、そして「相手が幸せになれば、自分も幸せになれる」と考える、それが本当の日本人である。戦争の後、日本人は、自国の戦死者だけではなく、敵国の戦死者までも弔う。この春日大社でも、そのまつりごとがある。

人を幸せにすることにより、自分が救われると考えるのが、本当の日本人の心をもった人だ。日本人にとって『働く』とは、はた(周囲)を楽にすることである。欧米人のように、『働く』ことは、苦役ではない。だから、リストラで首切りすることがまるで美談になっているが、周りの人たちを犠牲にするような考え方は、滅びの道である。人を苦しめて、自分が生き残ることなど、日本人のすることではない。「情けないね。情けない」。

社会の低迷を救う道は、時代を担う子供たちを元気にすることだ。子供たちに生命力がよみがえれば、国は救われる。今の子供たちには生命力がない。昔、おじいちゃん、おばあちゃんが、昔話を聞かせて、子供たちを育てた。おじいちゃん、おばあちゃんの経験が、子供の生命力を育んだのである。今は、おじいちゃんもおばあちゃんも、だらしない。おかあちゃんが国を滅ぼすのではないかとも思う。

日本は、命の力が衰えてきている。