主客転倒

上甲 晃/ 2004年1月25日/ デイリーメッセージ/

「最近の『青年塾』では下見を含めて準備にずいぶん力を入れていますね。また、研修中も、お世話役の仕事が大変多くなっているようです。ある塾生から、それは主客転倒ではないかと質問されました。肝心の研修の時、他の人たちの世話をするために、講師の話を聞いている時間がないからです。研修が目的なのに、研修を受けられないのは、いささか困る、そんなニュアンスで聞かれたのですが、どのように答えたらよいのでしょうか」。私の家に、全国各地から、『青年塾』の諸君が集まった席上、ある先輩塾生からそんな趣旨の質問された。

私の答えはきわめてはっきりしているつもりだ。「問題は、何のために学んでいるかです。『青年塾』の研修の最大の目的は、人のために惜しげもなく力を差し出すことのできる心を養うことにあります。だから、研修で学ぶ講座ももちろん大切ですが、それ以上に、みんなが学ぶために自らが犠牲になることを厭わないような、もっと言えば、喜んで人のためにお役に立てる機会こそが、大切な学びの場なのです」。

普通に考えたら、みんなが勉強しているのに、自分達は世話役活動に忙しくて、勉強する時間がない、それは本末転倒ではないかと疑問をもつのは、当然だろう。決して悪いことだと決め付けられない。しかし、『青年塾』の目的は、単に知識を増やすことにはない。高い志をもった若い人を育てるところに最大の目的があるのだ。高い志の第一歩は、人のために惜しげもなく自らの力を差し出せる心を養うことにある。だからこそ、下準備を含めて、みんなのために働く機会を大切に考えているのだ。さらに言えば、「みんなのために惜しげもなく苦労する人こそ、一番学びの多い人であり、感動の多い人である」。

人間、自らが学ぶこともうれしいが、人に喜んでもらうことのほうがもっとうれしいものだ。他の塾生諸君から、「いゃあ、ありがとう。あなたのおかげで、大変良い勉強ができました。感謝します」と言われたとき、「やってよかった。ずいぶん苦労したけれども、みんな喜んでくれてありがたかった」と感じるものだ。『青年塾』では、その喜びをできるだけ多くの塾生諸君に感じて欲しいのである。

人のために働くことは損なことではない。いつの間にか、人のために働くことを、損なことと思う風潮が広がっていないだろうか。「私ばかりこんなことをやらされて損だ」、そんな声がしばしば聞こえてくる。人のために働き、人に喜んでもらうことが、大きな喜びであると思える心。『青年塾』の一番大事にしている心である。わかってくれるかな。