政界に跋扈する

上甲 晃/ 2004年1月26日/ デイリーメッセージ/

最近、松下政経塾のことが、マスコミでしばしば取り上げられる。昨年の衆議院選挙で、二十六人もの当選者を出したことで、再び、脚光を浴び始めたのである。そして、私までもが、雑誌の取材を受けたりすることもある。「松下政経塾は創設の当初、松下幸之助で脚光を浴びたけれども、次に脚光を浴びるには、卒業生が活躍しなければならない」と言い続けてきた私としては、その時が到来したことが感慨深い。衆議院十人を目標としてきた私としては、二十六人の当選者はできすぎだ。それにしても、脚光を浴びると、世間の風当たりが強くなるのも、古今東西、当然の流れのようである。

例えば、総合雑誌『文芸春秋』は、「松下政経塾が政界に跋扈する」とのタイトルで、最新号において、八ページの特集を組んでくれている。内容は、随所に、辛口である。内容を読んでみると、辛口の批判にうなずくところもあるが、うなずけないところも多い。

例えば、「一人の大臣も生まれない松下の私塾の限界」とある。私からいわせれば、大臣の数をもって成功の評価の基準としているライターの評価基準の卑俗さが受け入れられない。また、松下政経塾の卒業生は、一番年齢が高い人でも、まだ五十歳になるかならないかである。大臣に早いのである。
その中で私が一番受け入れられないのは、「政経塾OBの政治家達は、あまりにも偉大で乗り越えることのできない゛神様゛を仰ぎすぎているのではないか。彼らが、生前の松下幸之助に言動に起点を置いている限り、現実に政治の世界でダイナミックに動こうとしても、縛られて思うように動けないか、傍観しているしか手はなくなるのだ」。

松下幸之助の枠を超えられないから、松下政経塾の卒業生の政治家はだめたというわけ。しかし、私は、松下政経塾の塾生は、起点は松下幸之助でなければならないと思っている。もし、松下幸之助を起点にしなければ、それはもはや松下政経塾ではない。大事なことは、松下幸之助を起点としてスタートして、それを超えていくことなのである。起点を外してしまうと、もはや松下政経塾ではないのだ。

ただ、松下幸之助の枠にとどまっている間は、一つの限界があることも事実だ。『守・破・離』とはなかなか的確な表現である。最初は、徹底して松下幸之助の思想を『守る』、やがて、その枠を『破り』、『離れ』て、独自の世界を築いていく、その過程が大切なのである。やがて、松下幸之助の思想を起点としつつも、独自の世界をひらく人が必ず現れる。