女将の志

上甲 晃/ 2004年2月22日/ デイリーメッセージ/

「起きて半畳、寝て一畳という言葉がありますが、私は四十年間、畳二畳の部屋で寝起きしてきました」。普段、自分を語ることなどまずない京都花背の宿・美山荘の女将が、舞台裏の話を聞かせてくれた。美山荘と言えば、日本を代表する有名な宿。私は、「日本一のサービスだ」といつも絶賛して、年に何度かは行くことにしている。顧客満足度ナンバーワン、そんな私の宣伝文句(?)に誘われて、何人もの人が出かけていただいた。そして誰もが、「その通りだった」と満足された。それほど魅力的な宿の女将が、四十年間、たった二畳の部屋で生活してこられたと知り、本当に驚いた。「その二畳も、調理場の続きにある納戸のような部屋です。私どもは、自分達家族だけで食事をしたりするようなことはありませんでした。いつも従業員とともに、調理場の片隅で食事を取ってきました」とのこと。これもまた、私にとっては、大変な驚きであった。

「私には二人の娘がいます。そして孫達もいます。しかし、その孫達がここには来ません。孫達が来ても、一緒に食事をしたり、泊めてやれる部屋がないのです。だから、孫達は、どうして花背のおばあちゃんのところへ行ったらダメなのと娘達に聞くそうです」。そんなエピソードもまた、美山荘の舞台裏をうかがわせ、ますます美山荘のことを好きになった。

美山荘の女将である中東和子さんは、十年前にご主人を亡くされた。ご主人は、私もよく知っている。京都を代表する料理人で、その感性の良さは天下に名をとどろかせていた。「結局、主人も、自分の家屋敷を建てることなく、二畳の間で生活し続けていました」とのこと。私はここに本当のプロの心意気と生き様、そして『志』を見つけた思いがした。

美山荘の客室の快適さは、天下一品だ。料理のうまさもまた、最高級。しかし、それを支える経営者の質素で、堅実、つつましい生活ぶりがまぶしくもある。客を犠牲にして、自分達は贅沢三昧の生活をしている経営者達には、想像もつかない世界だろう。

今、美山荘は、調理場の改築中である。私が出かけた時には、青いビニールが掛けられて、工事の真っ最中。女将さんの二畳の間も、既になくなっている。「今度は、もう少しだけ広い部屋を中二階に作ります」と、女将はいかにも申しわけなさそうに言う。

何年もかけて、客室を全面改装し、従業員の寮を作り直し、息子夫婦のための家を建て、最後の最後に、自分の部屋もちょっと手直しする。経営者の心の美しさが、この宿の快適さを支えているのだ。美山荘は、゛美心荘゛でもあるのだ。