出版

上甲 晃/ 2004年6月14日/ デイリーメッセージ/

行雲流水。「新進気鋭の作家である」と、私は思っている。書店に、その人の作品が並べられたことはなかった。しかし、この六月、行雲流水さんは、『正義』と題する長編の小説を出版した。全国の書店で取り扱われることになった。もっとも、「売れる本を並べる」ことに血道を上げている書店が、この本を店頭に積み上げるように並べるような動きはない。

行雲流水さんは、私が松下電器に入社した時の同期生である。今も、最も親しく付き合っている仲間の一人だ。本当の名前は、崎谷 茂という。もともと、松下電器で営業畑や企画畑を歩んできた、典型的なサラリーマンである。一昨年、松下電器が大々的な早期退職者の募集をした時に、応じた人である。その後、マンションの管理人になって、隔日勤務していると聞いていた。「マンションの管理人の試験がどれほど難しいか。それでも、定年後、年金だけで暮らしていくことの不安かがあったから、働くことにした。この仕事は菩薩行よ」と、私に話してくれた。

しかし、崎谷氏には、志があり、夢があり、特技があった。マンションの管理人を勤める一方で、小説を書いていたのである。現役のサラリーマン時代から、同人の雑誌に寄稿していた。

きわめて几帳面な筆の進め方には、感心していた。表現も、まことに丁寧なのである。「花がきれい」などといった表現はしない。どの程度の背丈のある、何の花が、どのようにきれいかを実に丹念に描いているのが、印象的であった。

『正義』と題する小説を読んだ。企業と政治、そして利権を中心に渦巻く人間模様は、迫真の表現である。私が何よりも感心したのは、小説の舞台になった東京の様々な場所の表現が詳しくて、精緻なのだ。それには理由がある。崎谷氏は、定年前の数年間、東京に単身赴任していた。「その歳で単身赴任も大変だね」などと同情していたが、彼は単身赴任の期間を利用し、丹念に東京の中を歩き回っていたのだ。

「隅田川は江戸時代、大川と呼ばれ、東海道を始めとした陸路の五街道と並び江戸経済を支える水路交通の中核であった。そしてまた、遊郭吉原への水路でもあった。当時、吉原への遊客は、陸路を徒歩か駕籠、または柳橋辺りの船宿から大川を猪牙舟で上がっていった。そして今では、かつてそうした遊客を乗せた猪牙舟が行き来した大川に、季節季節の観光客を乗遊覧船が昼夜を分かたず船行きしている」。このような表現で、東京のいたる所が語られる。だてに単身赴任していなかったところが偉い。やっぱり、志だ。ちなみに、この本は、日本文学館の出版で、何と、千円。注目の一作が、世に認められることを祈る。