ゴミの分別

上甲 晃/ 2004年8月7日/ デイリーメッセージ/

今年の『青年塾』クラス別研修も、北クラス、東クラスは、既に二回目の研修を終えた。二つのクラスを終えて、「そこまでやるか」を合言葉にしている『青年塾』にしてはお粗末だと思ったことがある。それは、自分達の出したゴミの処理。大いに反省し、これから始まる各クラス研修については、「そこまでやるか」という徹底したゴミ処理に挑戦したい。

北クラスの研修の最終日。宿舎の掃除については、いつものように、「そこまでやるか」の徹底ぶりだった。その様子を見届けて、私は、宿舎の外に出た。何人かの塾生諸君が、研修期間中に出たゴミをまとめている。しかし、よくよく見ると、すべてのゴミが袋に無造作に突っ込まれている。「これは仕分けしているの?」と私は聞いた。「宿の人が、燃えるゴミと燃えないゴミに分別すればいいと聞きましたので」と言う。

私は、「ちょっと待て」と制した。そしてゴミの中身を調べてみた。ゴミ袋の中を開けてみた。一言で言えば、「ぐちゃぐちゃ」、「むちゃくちゃ」である。生ゴミもあれば、タバコの吸殻もある。弁当の箱もあれば、ゴムバンドもある。空き缶も混じっておれば、野菜の切れ端もある。私は、「すべてやり直し。きちんと分別しよう」と声をかけて、ゴミ袋の中に素手を突っ込んだ。塾生諸君は、しばらく呆然としている。しかし塾長が作業を始めたから、何時までも茫然自失というわけにはいかない。みんなで、ゴミ袋に手を入れて、生ゴミは生ゴミ、弁当のケースはケースといった具合にすべてを分別した。「分ければ資源、捨てればゴミ」とどこかで聞いたことのあるスローガンを唱えながらの作業である。ゴミ袋は、たちまち小さくなった。

同じことが、東クラスでも起きた。ここでは、私は目撃者ではない。台所で、調理実習を指導していた妻の証言。「台所を片付けていたら、燃えるゴミ、燃えないゴミの二種類の分別でいいと言って、何もかも突っ込むの。良い加減にしなさいと叱ったら、この地域はこれでいいのですと言うから、あなた方は行政の基準に従うのですか、それとも自分の考え方に従うのですかと詰問したわ」と言う。妻の言い分は、正しい。たとえ行政が、ゴミを二つにしか分別しないとしても、「私には私の納得するやり方があります」と貫いて、きちんとした分別をすること、それが志ではないだろうか。

とりわけ、「食は命」などと天下に標榜している館ヶ森アーク牧場で研修させてもらっているのだ。ゴミの捨て方まで、「そこまでやるか」といった姿勢を貫かないことには、会場を提供していただいている館ヶ森アーク牧場さんに対して申し訳ない。これからは、ゴミの捨て方一つ、「そこまでやるか」という徹底した分類をしたい。