お遍路の計画

上甲 晃/ 2004年8月21日/ デイリーメッセージ/

「デイリーメッセージを読んでいたら、今、広島におられるはず。もし良ければ、明日の朝お目にかかりたいのですが」と、横浜市長の中田 宏氏から、突然電話が入った。中田氏は、福岡へ行く途中とのこと。私は、『青年塾』のサマーセミナーのために広島市内のホテルに滞在していた。「明朝は、七時前にはホテルを出発する予定になっている」と答えた私に、「構いません。明日の朝、滞在中のホテルに出向きます」と中田氏。

約束の朝六時半前、中田氏は現れた。『青年塾』の塾生諸君も、突然現れた横浜市長に驚きの様子。私達夫婦と中田氏とで、食事を始めた。中田氏は、夏休み中。あごにひげをたくわえ、リラックスした雰囲気だ。

「今年の夏、十歳になったばかりの娘と一緒に四国のお遍路に行きました。一番から十六番まで。三泊四日でしたが、父親と娘のお遍路は貴重な体験でした」と、中田氏は、目を輝かせながら話してくれた。中田氏は、一年前から、長女が十歳になったら、十年かけて四国八十八カ所の巡礼をしようと心に期してきた。休日はおろか、眠る時間さえままならない激職に追われる身。せめて夏休みのようなまとまった時間の取れるときに、娘に父親として向かい合う機会をつくりたいと思っていた。

「一年前から、娘には計画を話して、大変だぞと言い続けてきました。だから、娘はある程度の覚悟をしていたと思います。しかし、実際に歩いてみると、想像を越えていました。三日目などは、一日歩いて、誰にも会わない。会うのは、蛇であったり、蜂やトカゲ。私は、いつも娘の左前を歩いて、娘を車やマムシから守りました」と中田氏。そこで妻がすかさず、「昔から家族を危険から守るのがお父さんの役回りなのよね」と、私をけん制するかのように、合いの手を入れる。

「十五番まで来たら、いかにも足が痛そうでした。もう止めるかと聞いたら、突然泣き始めました。それでも、行くというので、私は手をつなぎながら歩き始めました。途中、農作業をしている女性に挨拶をしたら、しばらくしてその女性が追いかけてきて、冷たいコーヒー牛乳を接待してくれました。その時、女性は娘に向かって、あんた偉いね、きっといいことがあるよと言って別れていきました。やがて十六番に着いた時、思いもかけず、りんごジュースが振舞われました。娘は喜んで、さっきのおばさんがいいことといったのはこのことと聞きました」。私達の隣にいた志ネットワークの会員である高木真地子さんが、涙を流した。「いいこととはね。このことではないの。これから生きていく人生のなかで、きっといいことがあるという意味だよ」と、中田氏は、娘さんに教えた。いい話だ。