出世頭

上甲 晃/ 2004年9月15日/ デイリーメッセージ/

「率直なご意見をお聞きしたいのですが」。そんな切り出しで質問されると、答えにくいものが多い。

「松下政経塾から、たくさんの政治家を輩出されましたが、あなたの目から見て、将来性がある人、日本の政治を変えることが期待できる人、あるいは出世頭は誰ですか」。そんな率直な質問が最初に出た。大分県別府市で開催された商業界九州ゼミナールにおける夜なべ談義の席上のことである。会場の人たちは、目を覚ましたかのように、私に好奇の視線を向けていることがわかる。

「松下政経塾出身の政治家なら、全員期待できますよ。私は、みんな日本を変えてくれる、日本の政治を良くしてくれると確信しています」と答えた。質問者は明らかに失望の様子である。しかし、私は質問をそつなく逃げたつもりはない。本音なのである。松下政経塾の現場責任者として、「日本の政治、そして日本を変えてくれる」期待を込めて育てた者が、卒業生を信じられなくて、誰が信用するだろうか。それは親が子を思う気持ちと同じである。世間の人がみんな、「あんなぼんくらはいない」と思っていても、親はいつまでも、「きっとうちの子供はいつか頭角を現してくれる」と信じているものだ。たとえそれが゛親ばか゛と言われようと、親が子供を信じられなくて、他の誰が信じてくれるか。松下政経塾の卒業生にかける私の思いは、まさに子供を思う親と同じようなものだ。

「三十代で横浜市長になった中田 宏君などは、今のところ、世間的に言う出世頭です。しかし、私にはそれさえも心配の種なのです。この成功が、早すぎる成功として、後々彼にとってマイナスにならないように祈るばかりです」。私は、付け加えて説明した。なるほど若くして、人もうらやむような立場や地位に付くことは、誇らしくもあり、輝かしくもある。ところが人生は一筋縄では行かないものだ。早すぎる栄光が、かえってあだになり、挫折につながる場合も少なくない。

今の段階では評価できても、それが最後の評価につながるかと言えば、人生はそれほど単純ではない。「大器晩成」などといった言葉は、古来、言い得て妙なのである。

「政治家の評価は、歴史が決めるものです。現職時代、どれほど国民的人気がある人でも、歴史の評価に耐えられない人が多い。むしろ、現職中は、国民や有権者から恨みを買うような改革者が、歴史的に評価できるケースが多い。政治家の評価は、私のような者が下すものではなく、歴史が下すものではないでしょうか」。みんな少しは納得したようだ。