日本人の心

上甲 晃/ 2005年6月5日/ デイリーメッセージ/

伊勢の神宮に来るたびに、゛日本人の心゛を読み解いていくような喜びを感じる。日本人ぐらい、四季の変化や草花の営みにまで微妙な変化を感じ取ることのできる民族は、他にないだろう。
「神社で拍手を打つ時には、右手と左手を合わせてから、右手を少しだけ下げます。それから拍手を打つと、良い音が鳴ります」と説明してくれたのは、伊勢にある修養団の職員である寺岡 賢氏。私の主宰する『青年塾』の第五期生でもある。神道や伊勢の神宮のことに関しては、実に博識である。若いながらも、次から次へとまるで知識の箱からあふれ出るような勢いで、話してくれる。その中の、一つの話題だ。
確かに柏手を打つ時、右手を少しばかりずらすと、パンパンと良い響きがする。しかし、良い響きを出すために手をずらすのではない。そこにはちゃんとした意味があるのだ。「日本人にとって左手は清浄であり、霊を表します。それに対して、右手は、肉体を現します。左手と右手が合わさることは、霊と身体が一つになることです。それによって一つの音が出る。その際、霊を少し高いところに置き、肉体は少し下げる。すると、良い響きがするのです」と寺岡君は説明してくれる。私は、妙に納得する。霊というか、精神的なものに重きを置く日本人の心を表している。
かつて伊勢の神宮の神官を四十年勤めた矢野さんは、今、地元学を学ぶ五十鈴塾の塾長である。今回、初めて私達の講座で話していただいた。この人は、また、伊勢のことについては、゛生き字引゛である。サメ、亀、枕、あわびなどについて、それぞれの文明史の観点から研究成果を専門書にまとめている。「祝儀袋につける゛のし゛は、あわびを伸ばしたもの。それはちょうど、゛のし゛と字を続けたような形をしている」などと説明されると、若い人達も、思わず驚きの声を上げる。「物事の意味がわかると、実に面白いですね」と、ある塾生が言う。
まさにその通り。私たちの身の回りに根付く生活習慣や儀式、祭りごとなどにはすべて深い意味があるのだ。そしてそれは、古来、私達の先祖達の祈りであり、思いであり、願いであったのだ。私は、物事の意味などわからないままに、形だけを追っているのが恥ずかしいと思った。
「枕は、まくら。くらは、蔵です。古代の人達は、夢に深い意味を持たせていました。だから、枕(まくら)は、夢の蔵。とても大切なものであったのです」とも聞いた。だから枕は踏んだり、投げたり、粗末にしてはいけないと教えられてきたのだ。知らないことが多い。また、知ることによって、普段の行動や生活が変わっていくような気がした。