もう一つの感動

上甲 晃/ 2005年7月23日/ デイリーメッセージ/

貧しいおばさんから、経済的には格段に豊かな私達が、果物をもらって感動したことと合わせて、私が感動したもう一つの事実がある。私は、解団式における一分間の「感想発表」で、そのことをみんなに話した。
それは西安からウルムチに向かうために西安空港に行った時のことである。いよいよシルクロードに向かう旅のクライマックス。みんなの心は大いに、はやっていた。空港までの道筋もたいした混雑がなく、ほぼ予定通りの時間で到着した。ガイドの張さんに、「行ってきます」と機嫌よく挨拶して、搭乗口に向かった。そして、一人一人が航空券を受け取る段になって、問題が判明した。航空券がない人が二人いたのだ。しかもこの便は、あいにく満席である。
交渉の結果、一人の航空券は何とかなった。あとの一人の座席が確保できない。しかも搭乗時間が刻々と迫り、「搭乗中」を示す信号が表示板の上で点滅している。時計を見ると、後十分。しかし、現地の旅行社と、航空会社の交渉は難航して、とうとう一人だけ、次の飛行機にしなければならなくなった。次の便まで四時間以上の待ち時間がある。
すぐに手を挙げたのは、中国社会科学院の教授である崔世広さん。「私が残ります」と言った。事態はそれで解決した。私達一行は、あわてて飛行機に乗り込んだ。
後でわかったことであるが、「あの時、誰か残ってくれませんかと聞かれたら、私が手を挙げるつもりだった」と言う人が、何人もいたことだ。自らが犠牲を省みず、「人のために」と考えられる人が何と多いことかと、私は大いに感動した。普通なら、「人のことなど関係ない。切符のない人には後から来てもらったら」といった利己主義が頭を持ち上げても仕方のない場面である。
『中国理解講座』は、もちろん、中国のことを深く理解するところにあることは、言うまでもないことである。しかし、もう一つの特徴がある。参加した人達が、お互いから学びあうことである。しかもその学びは、知識のそれではない。人と人とがどのような心を持ち合えば、お互いが幸せになれるかを身体で感じ取ってもらえることだ。言葉を変えれば、「中国理解講座に参加すると、人格が豊かになる」ことが、講座のもう一つの目的なのである。その意味において、今回の講座は、誤解の経験を重ねた値打ちが出てきたようだ。頑固な人は、「少し頭が柔らかくなった」と言い、わがままな人は、「大いに反省した」と言い、暗い人は、「明るくなった」と言う。そんな変化が起きる何かが、この講座にはあるようだ。