下条村

上甲 晃/ 2005年9月11日/ デイリーメッセージ/

「平成の大合併」に日本中が踊っている。そんな中で、一人わが道を行く村がある。長野県下伊那郡下条村である。明治二十二年に、藤沢村と陽阜村が合併して、下条村となって以来、今日まで百六十六年、合併していない。「合併しなくてもいいように、自立の力を養ってきた」のである。どんな小さな村であっても、すべてにわたって゛ひとり立ち゛できれば、わざわざ合併する必要がないという確信を持っているのである。
『青年塾』東海クラスの「伊那講座」で、初めて、下条村を訪問した。伊那市から飯田市に向かった。下条村は、飯田市に隣接している。飯田市までは、車なら十五分程度で行ける。伊那谷の緑豊かな河岸段丘に開けた村は、総面積三十七キロ平方メートル。決して広くはないが、きれいに手入れされた田んぼやそばの畑が、段々状に広がっている。
伊藤村長は、黒塗りの車で現れた。ただし、運転しているのは、ご本人。ゆっくりとしたスピードで、玄関横の駐車場に車を止めた。昭和十年生まれ、現在、村長四期目。村でガソリンスタンドをはじめとして、さまざまな店を経営していた人だ。行政のベテランではない。その代わり、経営感覚には優れたものがあると定評がある。
下條村が、長野県下ではナンバーワンにランクされることがいくつかある。まず、ゼロ歳から十四歳までの人口の比率が、一七・三パーセントである。高齢者の間違いではない、幼い子供達が人口全体に占める比率が、長野県一である。「保育所は満杯です」と、地元の人達は、子供達の多いことを証言してくれる。ちなみに、出生率は、一・九七人。全国で、一・三人を切ったと大騒ぎしているこの時代、一・九七歳は、立派。ただし、高齢者が肩身の狭い思いをしているわけではない。男子の平均寿命は、八〇・一歳。県下一である。
とりわけ財政状況の良さは、県下有数。例えば、起債制限比率といった専門的な指数は、一・四と、県下一だ。一五でイエローカード、二〇でレッドカードと言われる。それと比較しても、いかに財政に余力があるかがわかる。純借金も、九億円と、信じられないほど少ない。地域としての自立。それを可能にしたのは、現在、任期四期目を迎えている伊藤村長の経営手腕による。例えば、一般職員は、たった三十七人。「職員の人数が少ないと、行政サービスは良くなる」との信念を持って、組織をスリム化してきた。余分なポストも置かない。公共下水は、合併浄化槽。道路は、自分達で造る。公園の維持管理も、村民のボランティア。とにかく、自主自立の姿勢が徹底している。