生まれ変わる中国

上甲 晃/ 2000年7月3日/ デイリーメッセージ/

6月25日から、30日まで、わずか1週間の中国旅行。
北京、蘇州、南京、そして上海。4つの都市を訪問した。北京と南京の間は、飛行機、南京と蘇州は列車、蘇州と上海の間はマイクロバスで移動した。列車やマイクロバスの車窓からは、それらの都市を結ぶ田園地帯や工業団地が観察できた。

「生まれ変わる中国」。今回、私が訪中して得た最大の印象だ。しかもその生まれ変わりは、大胆で、ダイナミックで、急速だ。まさに、「めまぐるしく生まれ変わる中国」である。

今から10年ほど前の中国には、貧しさをずるずると引きずっている部分が至る所にあった。昔ながらの古い民家、ウンカのように走る自転車の固まり、でこぼこ道、貧しい服装、汚い建物。そして、それらの一つ一つが、私のなかにある中国のイメージを再確認させてくれ、懐古趣味的な中国の雰囲気を味わわせてくれていたことも事実である。それらが、がらがらと崩れていく旅行でもあった。

まず、北京の空港は、まったく新装。私達が飛び立ってきた関西国際空港よりも、さらに大きくて、新しく、美しい。前の空港を知っている私にとっては、度肝を抜かれるような変身ぶりだ。空港からは、高速道路が北京市内に向けて一直線にのびている。以前の延々とつづく並木道は、すでに旧道に成り下がっている。

北京市内に入ると、建設ラッシュ。目を見張るような新しいビルが、どんどんと完成しているし、完成しつつある。あの10年前の古い民家はどこにもない。一角全体をあっという間に撤去して、更地にする。そして、そこにビルをつぎつぎに建てる。その図式は、他の都市でもまったく同じであった。古い町が、ごそっと解体される様子は、とにかく有無を言わせないものがあるようだ。立ち退き交渉で、いたずらに時間を空費している日本とは、とても比較にならない。

南京では、新興住宅地が大胆に生まれている。どれもここ数年に完成したばかりなのだろう、とにかく新しくて、美しい。池を巧みに配したり、住宅地全体を調和のあるものとして作り上げている。「まるでヨーロッパみたい」と、感嘆の声が私たち一行のなかから聞こえる。

すべての街のなかは、大胆な再開発計画が進んでいるようだ。容赦なく取り壊される古い民家や商店。新しく誕生する、調和の取れた住宅地や商業圏。ほとんど、呆気に取られるほど、「生まれ変わり」が早い。

蘇州は、古い運河で有名な街。その古い運河を真ん中に残して、両側の家を撤去して、四車線の道路が貫通している。街の外れは、外資系の合弁工場が、地平線の果てまで広がっている。まだまだ空き地も多いが、ここに工場が建ち並んだ時の様子を想像すると、いささか背筋が寒くなる。

上海はそれ以上だ。道や建物が、「がさっと解体されて、どかっと建設される」、そんな風な表現しかしようのないすさまじさがあふれている。
とりわけ、浦東地区の開発は、目を見張るのものがある。旧市街地と同じ大きさの新しい街を、もうひとつゼロから作る発想は、広大な土地を有する中国ならではのことだろうか。上海の歴史を刻んできた中心地の有名な外灘から、川を隔てた浦東地区を見ると、高層ビルが建ち並ぶ。「10年前は、畑でした」と説明してくれる、復旦大学の燕部長。説明しながらもどことなく胸を張っているようにも見えた。

空港も、浦東地区に新しく完成した。旧市街地を尽ききり、浦東地区を突き抜けていく高速道路は、片側4車線。とにかく一路、真っすぐ。しかも、道路の両側には新しく植え付けられた並木道が、とぎれることなく続く。中央の分離帯だけでも、もうひとつ高速道路がつくれそうなぐらいに広い。そして、中央分離帯そのものが、公園のように整備されている。日本のどこにもないスケールである。この高速道路を車が盛んに行き来する日が、空恐ろしい気がするほど、スケールが大きい。旧市街地にあるホテルから、新しい空港まで、およそ1時間。私たちの乗ったマイクロバスの運転手は、ハンドルを切ることもなければ、ブレーキを踏むこともなかった。。時速100キロのまま、同じ車線を走り続けた。

中国を見ていると、日本の改革には時間が掛かりすぎているように思われてならない。建設途中で止まってしまっている工事現場、行き止まりや虫食いのような状態になっている道路。予算を何度も上方修正しなければならないほど、時間が掛かりすぎている。この調子では、中国の大胆な生まれ変わりの勢いに、飲み込まれてしまいかねない。

政治が主導権を把握している会社は、個人の自由や権利が虐げられる危険性を持っている。しかし、社会全体の変革は、政治的主導の強い社会ほど、早くて、ダイナミックだ。今回の中国訪問で、それを目のあたりにした。21世紀に、この国が、世界の中心的な存在になることはまちがいないのではないだろうか。あるいは、日本の社会のもたもたした変化への対応を見ていると、早晩、中国にあっという間に追い抜かれかねない予感が心に焼き付いてきた。もちろん、北京、上海を見て、「そもそも中国は」と論じることはまちがっている。内陸部には、貧しい地域もたくさんある。しかし、国全体に溢れるエネルギーが私を圧倒した旅行であった。21世紀、中国は日本にとって避けて通ることのできない国だ。来年から、中国理解講座の開設を予定している。志ネットワーク会員及び青年塾生の方々には奮って参加していただきたい。案内は後日にまた改めて。