『青年塾』への思いを再び

上甲 晃/ 2000年7月24日/ デイリーメッセージ/

青春は、本来、「夢」であり、「可能性」であり、「未来」である。大きな夢を持ち、可能性に胸をふくらませ、未来を信じて力強く歩むとき、そこには明るい希望の道がひらけていく。

青春は、本来、「挑戦」であり、「改革」であり、「冒険」である。挑戦欲に燃え、現実の壁を打ち破る改革に挑み、命の危険さえ恐れない冒険をするとき、そこにはたぎるようなエネルギーがわいてくる。

そして、青春は、しばしば「苦悩」、「挫折」、「絶望」である。夢を持ち、可能性と未来を信じて挑戦し、改革の使命に燃えて冒険すればするほど、刀折れ、矢尽き、激しい苦悩や挫折、絶望の苦さをいやというほど知る。それさえも、青春の特権である。

その社会の明日を知るためには、若者を見れば良いと思ってきた。若い人たちが、「青春」のエネルギーにたぎる社会には未来がある。若い人たちが、明日にむかって大きな夢を抱いている社会には未来がある。若い人たちが、現実の壁に憤り、我が身の非力も顧みずに改革の意欲に燃えて立ち上がる社会には未来がある。それが、私の信念である。

現実の日本の青年たちは、いかがであろうか。世界有数の物質的な豊かさを満喫し、これ以上ぜいたくな暮らしはないほどの日々を送り、手を延ばせば何でも手に入るありがたさのなかにありながら、豊かさにすっかりと埋没してしまって、「青春」を放棄してしまっていないだろうか。小さな現実の幸せに埋もれて、より良い明日を創造する夢も未来も関心外になってしまっていないだろうか。若くして、早くも、老成。いつのまにか変化を嫌い、改革を遠ざけ、挑戦を避けるようになっていないだろうか。

次の次代を担う主人公である青年が、保守的で、小市民的で、何事につけても無難であり始めたら、社会はやがて崩壊の道をたどる。

「自分さえ良ければそれでいい」、「今さえ良ければそれで満足だ」という、そんなけちな考え方を若い人たちにはしてほしくない。願わくば、「次の時代を私たちの手でつくるのだ」といった気概に燃えて、小さな安定に埋もれない青年、すなわち「志の高い青年」を一人でもたくさん育てたい、そんな思いから創設したのが、『青年塾』である。

平成9年4月、『青年塾』を創設した。塾生になる資格用件は、ほとんどないに等しい。学歴、職業、もちろん男女、地位役職など、すべて不問。あえて、年令だけは20歳代~30歳代と決めているが、これとて厳密ではない。40歳を越える人も多いし、50歳代の人もいる。私がかつて在職していた松下政経塾のように、政治家を養成することも目的としていない。「それぞれの持ち場において、より高く生きること」だけを目的としていると言い切って良いだろう。言葉を変えるならば、自らの「人間としての値打ちを上げる場」と言っても良いかもしれない。

どんなすばらしい知識を身につけ、どんな高度な理論を習得し、どんな複雑な技術をそなえても、それらはしょせん道具にしかすぎない。道具を使いこなすその人自身が、人間としての価値を高める、人間として一流にならなければ、道具を生かすことはできない。『青年塾』は、道具としての知識や理論、技術を教えることは、ほとんど考えていない。求めていることはただひとつ、「人間としての値打ちを上げること」だけだ。さらにぜいたくなことを言えば、「人格の一流者」を育てたいと密かに願ってきている。

「人格の一流者」とはどのような人を指すのか。一流の学校を卒業している人たちのことだろうか、一流企業に勤める人たちのことだろうか。断じて、違う。「一流の人格者」とは、自分の利益だけにとどまらず、常さらに大きな全体の利益を念頭において、大きな全体の利益のために、惜し気もなく自らのもてる可能性を差し出せる人のことであると、私は考え続けてきた。一流大学を卒業しても、自分の利益のことしか考えられない人、一流の企業に勤めても自分の出世のことしか頭のなかにない人、一流の官庁の中心的な立場にあっても自分の損得しか考えられない人たちはみんな、人間としては、二流、三流、四流である。

それにたいして、かりに義務教育を終えた程度の学歴しかないとしても常に周りの人たちの利益を自分のことのように考えて行動できる人は、限りなく、「一流の人格者」に近い。企業の規模は、吹けば飛ぶような零細であったとしても、常にお客さまの利益を第一にして仕事ができる人は、限りなく、「一流の人格者」に近い。そんな人を一人でも多く世に送り出したい、私の切なる願いである。

だれでも、志を立てれば、「一流の人格者」になれる。大事なことは、「志を立てること」だ。願いをもつからこそ、道が開けるのである。

「一流の人格者」を育てるために、私が重視しているのは、「心を育てる教育」である。「頭を育てる教育」は日本中、世界中、吐いて捨てるほどに罷り通っている。それにたいして、私は、「心を育てる教育」を行うことを基本の指針として、『青年塾』を運営している。「心」、とりわけ「他人にたいする思いやりの心を育てる教育」である。「他人に対する思いやりの心」が育ってくればくるほど、おのずと、「自分さえ良ければいい」といった狭量な考え方を越えられるようになるのだ。

そのために、「頭に詰め込む知識の教育」ではなく、「心に刻み込む知恵の教育」を、『青年塾』では、もっとも大事にしている。知恵は、現場において、額に汗しながら、自らの体で体験をすることにより身につくものである。知識として「知っている」だけでは足りない。みずから「できる」というのが、本当にわかったことを意味している。

『青年塾』は、現地現場での体験教育を最重視している。熊本県水俣市へ出掛けるのは、水俣病の苦しみを自らの心に刻み込むためである。世界最貧国のひとつバングラディッシュに出掛けるのは、貧困の苦しみを自らの心に刻むためである。北海道家庭学校に出掛けるのは、不幸な過去を背負ったこどもたちの苦しみを自らの心に刻み込むためである。過疎地の廃校で研修をするのは、疲弊する地方の人たちの悲しみを自らの心に刻み込むためである。福祉施設で介護体験をするのは、高齢者の淋しさを自らの心に刻み込むためである。

それだけではない。食事づくりも、可能なかぎり、自分たちでする。人に世話をしてもらうばかりの生活は、「ありがたい」との気持ちをついつい忘れさせてしまう。「自分のことは自分でする」そんな当たり前のことさえ、今の日本では当たり前ではなくなっている。自ら調理に必要な材料を買い集め、自ら調理し、自ら片付ける。しかも、食事づくりは命づくりと考えて、手抜きを徹底して嫌っている。腹がいっぱいにさえなれば、何を食べてもいいというのは、すでに食事が餌に成り下がっている証左だ。掃除もする。食べ終えたあとは、自分で片付ける。机や椅子を並べるのも、自分たちでする。自分でやれば、苦労がわかる。苦労がわかるから、思いやる心が芽生える。トイレを磨いてみたら、トイレ掃除する人の苦労が手に取るようにわかる。苦労がわかれば、トイレ掃除している人たちにたいして、ありがとう、ご苦労さまの心をもつことができるのである。

最後に、『青年塾』では、三つの「不」を大切にしていることを付け加えておきたい。すなわち、「不便」、「不自由」、「不親切」。そこに集う人たちが、自ら動かなければ何も動かない仕組みになっている。研修会場の案内は、「不親切」である。自分で苦労して調べなければならないし仲間と助け合わなければならない。それが、すでに研修なのである。研修会場も、「不便」な所が多い。だから、お互いに我慢しなければならないし、仲間と譲り合わなければならない。それがすでに研修なのである。

『青年塾』に、規則は何もない。規則がなければ統制がとれない組織になったときには、『青年塾』は解散する。塾生諸君の一人一人が自らの良心と良識に照らし合わせ、しなければならないことは断固する、してはならないことは絶対しない。そんな姿が実現できたとき、『青年塾』は、参加するだけで成長できる場となるであろう。それが私の夢である。