町の顔

上甲 晃/ 2000年11月6日/ デイリーメッセージ/

“パークストリート”と、ハイカラに名付けられた目抜き通りと大通りが交差するところで、私の乗った自動車が停止した。赤信号である。「ここが山口市のいちばんの中心です。ここのすぐ横には、随一の商店街があり、さらにその先には山口駅があります」と、車を運転してくれている山口商工会議所の担当者が案内してくれた。

私は、町のいちばんの交差点に目をやって驚いた。「アイフル」、「お自動さん」、「プロミス」、「アコム」、「武富士」、「シンキン」の看板が目に飛び込んできた。四つ角で見える看板のほとんどすべてが、消費者金融の看板とネオン。見事といえば見事としか言いようのないほどに、消費者金融の会社の看板が、町の中心地で誇らしげに競い合っている。

もちろん、消費者金融が悪だなどというつもりは毛頭ない。それによって助けられている人もいるのだ。時には、救いの神になっている人もいるだろう。しかし、県庁所在地のいちばんの街角が、すべて消費者金融の会社の看板で埋め尽くされている実態には、心寒いものを感じた。

山口県と言えば、今まで、何となく格式を感じさせられてきた。萩、下関をはじめとする県下の諸都市は、日本の近代の夜明けをもたらした維新の志士たちの出身地として、あまりにも名高い。近代の日本をひらいていくために命まで投げ出して戦った人たちの生きざまを思い起こすにつけ、私が、山口県にある種の畏敬の念を抱いてきたことは事実である。

街角の景観を見ているうちに、私が抱いてきた畏敬の念ががらがらと音を立てて、崩れていくように感じられた。街角には、風に舞う落ち葉が広がり、ますます寒々とした雰囲気を感じさせた。「私の友人に、このなかの一社に勤務している者がいますが、山口市内で、10億円はくだらない貸付金があるそうです」と、商工会議所の担当者が教えてくれた。とりわけ家庭の主婦や若い人たちの利用が多いのだそうである。国に膨大な借金があるばかりか、個人においても、目の飛び出そうな高金利のお金を借りなければならない事情の人たちが急ピッチに増え続けているのだ。

街角を少し離れたところに、ザビエル聖教会の塔がそびえている。フランシスコザビエルが、日本で最初に建てたキリスト教会である。今から400年以上も前、フランシスコザビエルは、この地を支配していた大内氏の手厚い保護の下、山口市内の街角でキリスト教を布教するための活動をしていたのである。その街角が、今、消費者金融のメッカだ。町の顔にも風格が必要だ。そしてその風格は、市民の生き方に風格が生まれてこないかぎり、永遠に望めないのではないだろうか。