「青年塾」塾生諸君への手紙

上甲 晃/ 2001年2月16日/ デイリーメッセージ/

いよいよ、「出発式」です。「良くしめくくる」。それは、この一年間の努力をいっそう輝かせるものであり、また新しい出発の幸先の艮さでもあります。

“老いる命”を目の前にして

先選、「鹿児島講座」を終えたばかりです。この講座を開催したいために、例年2月に行っていた出発式を3月に延ばしました。参加人数は、私ども夫婦も含めて16人。まことにこじんまりとした一行になりましたが、学びはとても大きいものでありました。

この「鹿児島講座」では、鹿児島から「青年亀」に参加している福迫浩一君と、同じく宮崎から参加している元山ユミ子さんが主催事務局を担当してくれました。最初の参加申込者が40人ほどであったのが、実際には16人に激減しましたから、受け入れていただく現地の人たちにはずいぶん迷惑をかけてしまいました。そめ点の反省をのぞけば、「鹿児島講座」は、本年度の最終の研修として大変に意義深いものでありました。

この講座では、まず老人福祉施設における介護体験を行いました。”老いる命”を目の前にして、若い人たちもまた、いろいろに考えさせられたようです。老人は、自分とは全く別の人種のように見えて、自分自身の将来の姿以外の何物でもないのです。老人は、姿形は決してカッコよくありません。動きも緩慢です。言葉も聞き取れません。歩くことさえできません。若さあふれる諸君には、もっとも縁の遠い人たちであります。しかし、その人たちの姿形や動作のすべては、諸君の将釆の姿なのです。

老人は、最初から老人ではなかったのです。老人にも、エネルギーにあふれ、前途洋々たる夢に目を輝かせ、どんなに働いても疲れを知らない青春時代もありました。しかし、その青春時代は永遠のものではないのです。長生きすることは、若いままに生き続けることではないのです。長生きすることは、老いることとの折り合いをどのようにつけていくかというきわめて難しい課題でもあるのです。今回の参加者もまた、そのことを考えさせられたはずであります。老いる姿を目の前にして、初めて、若さのもつ意義、若さのもつありがたさが実感できたとしたら、すばらしい学びであります。

生きることを許されなかった若者

今回の「鹿児島講座」で、みんなが涙を流しながら学んだことがもう一つありました。それは、知覧にある特攻平和会館を訪問したことです。第二次世界大戦の最後、敗色濃い日本の軍隊は、帰ることのない突撃を青年たちに命じました。ほとんどが、17歳、そして18歳の前途洋々とした若者たちはかりでした。沖縄に米軍が上陸することを阻止するために、飛行機もろとも敵の軍艦に突撃していきました。

その時の様子を、詳しく聞かせてもらいましたし、展示の見学もさせてもらいました。”生きることを許されなかった命”は、何と悲しく、辛く、切ないものなのでしょう。死ぬかもしれない危険ではないのです。死ななければならないのです。こんな辛いこと、こんな悲しいことが実際にあったのです。しかも、千人にも近い若者です。「お国のため」と懸命に自分自身を納得させようとする言葉の一つ一つさえも、私に切なく、悲しいものでありました。「私が死ぬことにより、みんなが救われる」、そんな風に考えなければ、とても飛び立てなかったことでしょう。「私が命を捧げて敵を阻止すれば、後に残った人たちはきっと平和で幸せな日本を築いてくれるはずだ」と信じて、若者の命は散りました。今の日本が、”生きることを許されなかった若者”に顔向けできる姿になっているだろうか、本当にみんなで考えさせられました。

改めて、「生きることの意味」を求め

「青年塾」の講座は、高史明さんの著書である「生きることの意味」から始まりました。そして、しめくくりの「鹿児島講座」もまた、「生きることの意味」との向かい合いでありました。”老いる命””生きることを許されなかった命”を目の当りにして、改めて「生きることの意味」を深く考えさせられました。本当は、もっと多くの人たちに参加してもらいたかったのですが、来年以降でも構いません。ぜひとも、「鹿児島講座」に参加してください。やはり、「鹿児島講座」に参加しないと、「青年塾」に参加した締めくくりができないと言ってもよいはど、重くて大切な命題と向かい合う講座でありました。

私たちは、漫然と生きていたのではいけないのです。ただ単に、惰性で生きていてはいけないのです。私欲を貪るような生き方も許されないのです。自分のわがままだけを貫くような傍若無人な生き方は恥ずかしいことなのです。「青年塾」の一年を通じて、私は、諸君にそのような気づきを心に深くとどめておいてほしいのです。

私たちは、はかなく移り変わり、やがては永遠に消え去る命を、今与えられているのです。一度失えば、二度と得ることのない、それこそかけがえのない命を何に使うのか。答えは、当然のように見えてくるはずです。

この命もまた、やがては朽ち果て、滅びていきます。今この瞬間をいつくしみをもって生きなければなりません。この命は、幸いにも生きることを許されています。生きることを許されなかった人たちの無念さに思いを寄せれば寄せるほど、この命は、少しの無駄遣いも許されません。そして、何よりも感謝の心がわき出てこなければならないのです。

諸君、今一度、「生きることの意味」に思いを馳せてください。そして、生涯を通じて、その答えを求め続ける同志としての絆をこれからもいっそう深めていきましょう。

<出発式>に、私は何ができるのか

「鹿児島講座」の事務局を担当した福迫浩一君が、最後に、「お金をもらえるわけでもないのにどうしてこんなに頑張れたか。それは、今まであちらこちらでお世話になった人たちの顔を思い浮かべると、自分もみんなにどうしても喜んでもらいたい、そんな気持ちになったからです」と、しみじみ語りました。少しでもみんなに喜んでもらいたい、そんな思いで献身的に働ける人にみんなが成長することは、私の切なる願いであります。

<出発式>の準備から本番にかけて、これからは大変な労力と働きを求められます。諸君には、さまざまな事情があるでしょう。許される範囲のなかで構いませんから、「みんなに喜んでもらえる働き、気配り、協力の心」を措しみなく発揮してください。それは、「生きることの意味」を探求する第一歩でもあります。
<出発式>でお会いしましょう。そして、生涯の思い出になるようなすばらしい<出発式>で、感動のお祝いをしましょう。