自分の頭で考えろ

上甲 晃/ 2001年6月25日/ デイリーメッセージ/

「人に言われて、その通りやるという程度では範囲が知れてますわ。人に教えられて、教えられたとおりやっている間は、名人にはなれまへん」そんな松下幸之助の言葉を思い起させる話を、二人の人から立て続けに聞いた。私の主宰した「伊勢特別講座」でのことである。ひとりは、赤福餅で名高い、株式会社赤福の社長である浜田益嗣さん。もうひとりは、志摩観光ホテルの総支配人であり、総料理長であった高橋直之さんである。

まず、浜田さん。「私たちは、常に自らの存在理由を追求しなければならない。自分は何のために存在しているのか、自分の会社は何のために存在しているのか、そこを突き詰めて考えなければ、本物は生まれない。どうも、日本の会社は、結果ばかりを追求する。売り上げ、利益、すべては結果です。結果を生みだす原因がある。原因があるから結果が生まれる。原因を追求せずして、結果ばかりを追求しても何も生まれてこない。世間には、人がやっているからうちもやろうか、教えてもらったとおりにやろうかといった会社が、ごまんとある。それではだめですわ」。浜田さんの顔が、松下幸之助の顔に見えるぐらいに、そっくり同じ話である。

次に、高橋さん。こちらは、もっと激しい。「私は、師匠をもたない。ライバルをもたない。師匠がいて、師匠に教えられたとおりやっているうちは、師匠を越えられない。例えば、フランスへ行って、そこで学んできたメニューをそのまま自分の店で出す人がいる。それをとても恥ずかしいことと思うかどうか。私には、それは恥ずかしくてできないことです。人のやっていることを学ぶのはいい。しかし、とにかく、一度、自分の中で破壊してみる。そのうえで、自ら新しく創造する。それでなければ、本物など生まれるはずがありません」。実に明快である。中学を卒業して、フランスに行かずして、フランス料理の達人になった人だけのことはある。

自分で考えるよりも、人がやってみて成功していることを真似したほうがてっとり早いと考えやすい。しかし、それでは本物は決して生まれてこない。「苦労して、苦労しながら、自分で考え、創造する」、本物とはそういう努力から生まれるものであろう。

“守・破・離”という言葉がある。最初は徹底して師匠から学ぶ。まさに、”守り”である。次に、師匠の教えの壁を打ち”破って”いく。最後は、完全に師匠の教えを”離れ”、独自の境地を開く。もちろん最初から離れてしまったのではいけない。「越えていく気概」こそ大切である。松下幸之助が私に言った。「君はぼくが考えたことを全部汲み取ったうえで自分の考え方をプラスしていけるから、僕より上を行けるばずや」と。