懲りない面々

上甲 晃/ 2001年8月2日/ デイリーメッセージ/

酷暑が続く。異常な暑さである。環境異変、どうしてもそんな言葉が頭の中をよぎってしまう。そのうち、40度を超えるような温度が、当たり前の時がくるかもしれない。先週、山梨県の清里高原で、「この高原では育てられない、生育が無理だとされた作物や花が、最近、どんどんと生育可能になってきました」と聞いた。千メートルの高さの土地は、気侯が寒冷で、植える作物にひとつの限界があった。先人たちは、その限界を何とかして克服して、高原野菜などの栽培を進めてきた。ところが、その限界がなくなりつつあるというのだから、やはり地球環境は変だ。

過日、熊本県水俣市に出かけた折、市内にある水俣病資料館で、次のようなすばらしい詩に出会った。その詩は、水俣病資料センターを見学した中学生が作ったものである。

中学生の名前は、友座あゆみさんと記されていた。「どれだけ世の中を便利にしたら、どれだけ自然を壊したら、どれだけ人を傷つけたら、人間は気がつくのだろう。人間が、自分を苦しめていることを。私は水俣から学んだ。あんなにきれいな海、青い海、広い海、豊かな海。この海を黒く染めてしまった人間の罪の深さを。それでもまだ人間は気がつかない。自分を苦しめていることを。夢に見る、美しい自然。豊かな自然。命はぐくむ自然。そんな日がくることを、私は信じたい」

鋭い、まことに厳しい内容を、美しくうたっている。すばらしい詩ではないか。そして、中学生の純真な心の痛みに、改めて深く考えさせられてしまう。「どこまで苦しめば、人間は心の底から気がつくのだろうか」と、私もまた思う。まさに、私たちは、懲りない面々ではないか。こんなに苦しみ、こんなにつらい経験をしてきたにもかかわらず、悔い改めていない人間。相変わらず同じような罪を犯し続けている人間。そして、最後は自分の犯した罪によって自ら苦しみを深めている愚かさから、人間はいつ抜け出られるのであろうか。

あまりの酷暑に、深夜でもエアコンをつけっぱなしにしておかないと眠れなくなってきている。夜中までエアコンを使うものだから、とりわけ大都会は、温度が一日中下がらない。いったい、いつになったら、人間は愚かな悪循環に気がつくのだろうか。このまま行けば、悪魔のような苦しみが待ち受けているのではないかと、誰もが不安に思っている。しかし、勇気をもって、悪循環を断ち切る勇気のある人はあまりにも少ない。私にも、とてもかなわないことである。あ-、懲りない面々を待ち受ける地獄のような苦しみが怖い。人間は、とことんの極限状況に陥らなければ、悔い改められない存在かどうか、21世紀はそんな本質的な問いかけの世紀でもあるような気がする。