おそるべし

上甲 晃/ 2001年8月6日/ デイリーメッセージ/

目の色が違う、目つきが違う。私は、テレビの画面に映し出された特集番組を見ながら、直感的に感じた。番組は、世界一の家庭電機メーカーを目指す中国のメーカーを特集している。このメーカーは、冷蔵庫、エアコン、洗濯機など、かつて日本のメーカーの独壇場であった家庭電機分野で、世界の生産シェアーのトップを占めつつあるのだ。

私が注目をしたのは、工場で働いている作業者の目つき、目の色、そして手つきの早さである。他を寄せ付けないような早業で、言葉をかけることさえはばかられるような真剣さである。私はふと昔を思い出した。私が松下電器に入社した昭和40年代の工場の作業者と同じである。30年か、40年前の日本のエネルギーを、中国の現在の姿の中に見る気がする。

中国の製品は、価格こそ安いものの、品質も悪く、粗悪品などという先入観から抜け出られないと、とんでもない目にあいそうなぐらいに、中国製品の質は高くなっている。かつて日本の車は、アメリカの高速道路を走ると、エンジンが止まってしまうと言われた。その日本の車が、あっという間に、世界のトップクラスにのし上がったではないか。中国にはその勢いがある。あなどるなかれ。

同じ日の就寝前、夕刊を読んでいたら、ひとつの記事に目が止まった。日本の製造業に携わる人たちの平均給与が、世界一になったとあった。平均年収は、650万円とある。アメリカやドイツを上回る給与水準になったのだ。まことにめでたいことではある。しかし、この高水準の給与水準をいつまで維持し続けられるかとなると、不安感は大きい。第一、日本の製造業に携わる人たちは、現在の中国の人とは比べ物にならないほど、優雅で、静かで、のんびりとしている。生活水準が上がるとは、そういう姿の実現を言うのだ。まことにありがたいことではあるが、激しい世界の競争場裡においては、優雅やのんびり、物静かは、敗北につながることが一般的なのである。

日本の選択肢は二つある。一つは中国の人たちと同じ水準の給与に逆戻りさせること。そしてもう一つは、中国の人たちがとてもかなわないよう高水準の仕事をすることである。競争原理に従う限り、どちらかを選ばなければ、敗北してしまうのは当然の理である。さて、私たちは、どちらを選ぶのか。これからの10年、日本は、かつて先進諸国を激しく追い上げた時とは、逆の立場に立たざるを得ないであろう。アメリカやヨーロッパは、「日本人は安い給料で働きすぎだ」と私たちを非難した。私たちは、「ほうっておいてくれ。悔しければ、あなた方ものんびりせずに、しっかりと働いたらどうか」と開きなおった。今度は逆の立場である。「中国の人たちよ。あなたたちは安い給料で働きすぎだ」、そんな悲鳴にも似た叫び声が、日本中から聞こえてきそうである。